長岡の風④

長岡の風④ 職場・家族
長岡の風④

部屋が驚くほどスッキリした。信介は思った。(物を捨てると、心も軽くなるんだな)。恵子が言った。「信介、いい顔してるよ」「抜けてる顔か?」「抜けてるけど、いい顔よ」信介は笑った。「まあ、なんとかなるわ」

ゆるく生きる

ある日の夕方。信介が長岡駅前のベンチで缶コーヒーを飲んでいると、美咲がゆっくり歩いてきた。走ってこない。息も切れていない。いつもより落ち着いている。

「パパ、聞いてほしいことがあるの」

「火事か?」

「違うってば」

美咲は照れくさそうに笑った。

「この前の先輩とね、ご飯行ってきた」

「ほう」

「なんかね、頑張らなくていい感じで、すごく楽だった」

信介はうなずいた。

「頑張らんでいい相手は、だいたい当たりだて」

「うん。私もそう思った」

美咲は少し照れながら言った。

「パパの抜き方、ちょっと見習ってみたら、恋愛も人生も、前より軽くなった気がする」

信介は笑った。

「それはよかった」

美咲は信介の肩に頭を乗せた。

「パパ、ありがとう」

信介は、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。

ある日、長岡市の市民センターから電話が来た。

「信介さん、ぜひ、人生の抜き方について話してほしいんです」

「俺が?」

「はい。最近、若者の間でなんとかなるおじさんとして人気でして」

(なんとかなるおじさん)

信介は苦笑した。

「まあ、いいですよ。話すだけなら」

こうして、信介のゆるい講演会が開かれることになった。

当日。市民センターの小ホールには、若者から年配まで、幅広い人が集まっていた。松田、美代子、高志、春江も最前列に陣取っている。美咲と恵子も来ていた。信介はマイクの前に立ち、深呼吸した。

「今日は、私が60歳を過ぎて気づいたことを話します」

会場が静まり返る。

「人生は戦い続けるものじゃない。楽しみながら進むものだと思うんです」

信介はゆっくり続けた。

「頑張ることは大事です。でも、力みすぎると疲れます。だから、抜き方を知ることが大事なんです」

会場の人々がうなずく。

「白黒つけない。人と比べない。無理に好かれようとしない。深刻にならない。そしてなんとかなると思う」

信介は笑った。

「根拠はなくていいんです。過去もなんとかなった。未来もたぶんなんとかなる。それくらいでちょうどいい」

会場に柔らかい笑いが広がる。

「幸せは勝つことよりご機嫌でいること。今日くらいは肩の力を抜いて、自分に優しくしてあげてください」

静かな拍手が、じわりと広がった。

講演が終わると、若者が信介に声をかけた。

「信介さん。僕、今日初めて頑張らなくていいんだって思えました」

信介は笑った。

「頑張りたいときだけ、頑張ればいいんだわ」

「はい。なんか、救われました」

若者は深々と頭を下げた。信介は胸の奥が温かくなるのを感じた。(俺のゆるさ誰かの役に立つんだな)

講演会の帰り道。信介は長岡駅前のベンチに座り、夜空を見上げた。美咲が隣に座る。

「パパ、今日の話、すごくよかったよ」

「そうか?」

「うん。なんかね。パパが抜いて生きてきた理由が、やっとわかった気がする」

信介は笑った。

「理由なんてないよ。ただ、抜いた方が楽だっただけだて」

美咲は肩を寄せた。

「でもね、パパみたいに生きられたら、人生もっと楽しいかも」

信介は空を見上げた。

(人生は戦いじゃない。楽しむものだ)

長岡の夜風が、信介の肩の力をそっと抜いていった。

翌朝。信介はいつものように、長岡駅前のベンチで缶コーヒーを開けた。

「さて。今日は、何しようかな」

予定はない。でも、それがいい。松田からメッセージが来た。

「信介、今日ヒマか?」

「ヒマだて」

「じゃあ、寺泊で海鮮食うぞ」

「了解」

美代子からも来た。

「信介、今日1ミリ進んだ?」

「進んだ気がする」

高志からも来た。

「嫌われても気にすんなよ」

「気にしてない」

春江からも来た。

「深刻にならんでね」

「ならん」

信介は笑った。

(なんとかなるわ)

長岡の朝日が、ゆっくりと街を照らしていた。

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