信介は静かに頷いた。(そうだな。人生は戦いじゃなくて、楽しむものだ)長岡の夜風が、信介の肩の力をそっと抜いていった。
伝染
ある日の夕方。信介が悠々と長岡駅前のベンチで缶コーヒーを飲んでいると、美咲がまた走ってきた。
「パパ!また大変!」
「また火事か?」
「だから。火事じゃないってば!恋愛!」
「恋愛は火事みたいなもんだて」
美咲は頬を赤くして言った。
「この前断った先輩がね。無理に頑張らなくていいから、気が向いたらご飯行こうって言ってきたの」
「ほう、そいつはなかなか抜けてるな」
「抜けてるって褒め言葉なの?」
「俺の中では最高級の褒め言葉だて」
美咲は照れながら言った。
「なんかねその言い方、ちょっといいなって思っちゃった」
信介は笑った。
「頑張らんでいい恋愛は、だいたい長続きする」
「パパ、なんでそんなに恋愛に詳しいの?」
「俺も昔は頑張りすぎて失敗したからだて」
「また逃げられた話?」
「全力疾走でな」
美咲は吹き出した。
「パパのゆるさ、最近ちょっと好きかも」
「それはよかった」
美咲は少し嬉しそうに帰っていった。
(恋愛も人生も、力を抜いた方がうまくいくんだわ)
翌日。信介が長岡駅のスタバでコーヒーを飲んでいると、見知らぬ若者3人が近づいてきた。
「すみません。なんとかなるおじさんですよね?」
(なんとかなるおじさん?)
「昨日、友だちが相談したって聞いて。僕らも相談していいですか?」
信介は苦笑した。
「俺でいいのか?」
「はい。なんか安心するんです」
(俺のゆるさ、そんなに安心感あるのか?)
若者たちは口々に悩みを話し始めた。
「仕事が向いてない気がして」
「転職したいけど勇気がなくて」
「彼女に嫌われたかもしれなくて」
信介は言った。
「辞めたかったら辞めればいいし、辞めたくなかったら辞めんでいい。嫌われたと思ったら聞けばいいし、聞きたくなかったら聞かんでいい」
若者たちは目を丸くした。
「なんか、スッとしました」
「なんでそんなに簡単に言えるんですか?」
「簡単に言わんと、人生が難しくなるんだわ」
若者たちは深々と頭を下げて去っていった。信介は思った。(俺のゆるさ、長岡の若者にまで伝染してきたな)
その週の金曜日。信介は長岡駅前のベンチに座っていた。すると、
「すみません、相談いいですか?」
「ちょっと聞いてほしいんですが」
「人生に迷ってて」
「なんとかなるって本当ですか?」
次々と人が来る。
(なんだこれ俺、無料相談所か?)
松田が通りかかり、爆笑した。
「信介、お前、ついに長岡のゆるい仙人になったな」
「仙人って」
美代子も来た。
「信介、人気者じゃん。でも相談聞きすぎると疲れるよ?」
「疲れたら帰るから大丈夫だて」
高志が言う。
「嫌な相談は断ればいいんだわ」
春江が言う。
「深刻な相談は聞かんでいいよ」
信介は笑った。
(俺の周り、濃いな)
その日の夜。信介は家で枝豆をつまみながらテレビを見ていた。そこへ恵子が言った。
「信介、ちょっと話があるの」
「なんだ、離婚か?」
「違うわよ!」
恵子は呆れながら言った。
「あなた、最近ゆるくなったのはいいけど、家の中のいらないものも整理してくれない?」
「いらないもの?」
「あなたの部屋、昔の書類とか、使ってない趣味の道具とか。頑張ってた頃の遺産が山ほどあるのよ」
信介は部屋を見た。
- 若い頃の仕事の資料
- 使っていないゴルフクラブ
- 途中で飽きた英語教材
- 買っただけの筋トレ器具
- 今年こそ頑張ると書かれた手帳(未使用)
(確かに多いな)
恵子が言った。
「人生の引き算って言ってるんだから、物も引き算しなさい」
信介は深呼吸した。
「そうだな。俺、頑張ってた頃の残骸を抱えすぎてたかもしれん」
恵子は微笑んだ。
「抜いて生きるなら、物も抜きなさい」
信介は頷いた。(人生の引き算ここにもあったか)
翌日。信介は部屋の片付けを始めた。
- 昔の資料→捨てる
- 英語教材→捨てる
- 筋トレ器具→高志にあげる
- ゴルフクラブ→松田に押しつける
- 未使用の手帳→美代子に渡す(美代子は笑って受け取った)
部屋が驚くほどスッキリした。信介は思った。(物を捨てると、心も軽くなるんだな)
恵子が言った。
「信介、いい顔してるよ」
「抜けてる顔か?」
「抜けてるけど、いい顔よ」
信介は笑った。
「まあ、なんとかなるわ」


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