長岡の風②

長岡の風② 職場・家族
長岡の風②

信介は、頑張った。誰よりも頑張った。頑張り方がわからないときは、もっと頑張った。その結果、60歳になって気づいた。(あれ、俺、疲れてる?)長岡駅前のベンチに腰を下ろし、信介は缶コーヒーを開けた。「頑張るのも大事だけどよ抜き方も大事なんだよな」誰に言うでもなくつぶやく。

恋愛と温泉

ある日の夕方。信介が長岡駅前のベンチでぼんやりしていると、美咲が駆け寄ってきた。

「パパ、大変!」

「なんだ、火事か?」

「火事じゃない!恋愛!」

「恋愛が火事みたいな言い方だな」

美咲は息を整えながら言った。

「私ね、職場の先輩に告白されたの」

「ほう、それはめでたい」

「でも断っちゃった」

「なんで?」

「なんか、頑張らなきゃいけない恋愛って感じがして」

信介は缶コーヒーを開けながら言った。

「頑張らなきゃいけない恋愛は、だいたい続かん」

「パパ、なんでそんなに断言できるの?」

「俺が昔、頑張りすぎて失敗したからだて」

美咲は目を丸くした。

「パパにもそんな時代あったんだ」

「あったよ。頑張りすぎて、相手が疲れて逃げた」

「逃げた?」

「全力疾走でな」

美咲は吹き出した。

「じゃあ私はどうしたらいい?」

信介は言った。

「頑張らんでいい相手を選べばいい」

美咲はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「なんか、パパの言葉って刺さるんだよね」

「刺さっても痛くないだろ」

「痛くないけど、効くのよ」

美咲は少し元気になって帰っていった。信介は思った。

(恋愛も人生も、力を抜いた方がうまくいくんだわ)

数日後。松田・美代子・高志・春江の4人から連絡が来た。

「信介、温泉行くぞ」

「急だな」

「急じゃないと面白くないだろ」

行き先は、長岡市内の寺泊温泉。海の匂いが漂う、昔ながらの温泉旅館だ。旅館に着くと、松田が言った。

「信介、今日は白黒つける話は禁止な」

「つける気ないけど」

美代子が言う。

「比べる話も禁止」

「比べる気もないけど」

高志が言う。

「嫌われない努力も禁止」

「してないけど」

春江が言う。

「深刻な話も禁止」

「深刻にならんけど」

4人が声を揃えた。

「じゃあ完璧だな!」

信介は笑った。

(このメンバー、濃いな)

露天風呂に浸かりながら、松田が言った。

「信介、お前最近ゆるくなったな」

「ゆるいのは昔からだろ」

「いや、昔は頑張るゆるさだった」

「なんだそれ」

美代子が言う。

「今は抜けてるゆるさだよね」

高志が言う。

「嫌われるの怖くなくなった顔してるわ」

春江が言う。

「深刻さゼロの顔だね」

信介は苦笑した。

「お前ら、褒めてるのか?」

「褒めてるんだわ」

松田が湯船に腕を広げながら言った。

「信介、人生はな、頑張るより抜く方が難しいんだて」

「それ俺も最近思ってた」

「だろ?抜ける男は強いんだわ」

美代子が続けた。

「人生は足し算じゃなくて引き算。

余計なものを減らすと、やっと本質が見えるんだよ」

春江が笑う。

「深刻にならん人生が一番だて」

信介は、湯気の向こうに広がる海を見ながら思った。

(俺は今、やっと本当の人生を歩き始めてるのかもしれん)

夜の宴会。料理が並び、酒が進み、全員がいい感じに酔ってきた。そこへ旅館の仲居さんが来た。

「すみませんお客様、カラオケの予約が3時間になってまして」

松田が叫んだ。

「3時間!?誰がそんなに歌うんだ!」

高志が言う。

「俺は2曲で限界だて」

春江が言う。

「私は1曲で飽きる」

美代子が言う。

「私は聞くだけでいい」

信介は言った。

「まあ、なんとかなるだろ」

仲居さんが困惑した顔で言った。

「どうしましょう?」

信介は笑顔で答えた。

「3時間、みんなでゆるく歌えばいいんだわ」

全員が叫んだ。

「ゆるく歌えるか!」

結局、3時間のうち2時間は雑談で終わった。仲居さんは最後に言った。

「こんな使い方するお客様、初めてです」

信介は胸を張った。

「人生は自由だて」

温泉からの帰り道。車の窓から見える長岡の夜景が、どこか優しく見えた。松田が言った。

「信介、お前はこれからどう生きるんだ?」

「どう生きるって考えてないな」

「考えんでいいんだわ」

美代子が言う。

「人生は計画しない方が面白いよ」

高志が言う。

「期待しすぎると疲れるしな」

春江が言う。

「今日を楽しめたら、それで十分だて」

信介は静かに頷いた。(そうだな。人生は戦いじゃなくて、楽しむものだ)長岡の夜風が、信介の肩の力をそっと抜いていった。

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