意識低い系ゲーマーの僕がなぜかカナダの障害者グループホームへ。築100年の古民家でエリート女子に教わった人生で一番大切な無駄な時間の過ごし方
🌼意識低い系ゲーマーの僕がなぜかカナダの障害者グループホームへ

大学生の冬休みと聞いて、何を思い浮かべますか? 暖房の効いた部屋、新作ゲームの発売日、そして深夜に食べるカップ麺の罪深い美味しさ?主人公・屋島大智(19歳)も東京の学生寮の六畳間で、そんな意識低い系ドリームを叶えるはずでした。

しかし、彼の平和な日常は、同級生である意識高い系トップランナーのエミコから届いた一枚の絵葉書によって突如崩壊します。「冬休みでも大丈夫だけど」彼女の行き先はメープルシロップの国カナダ。それもバンクーバー島の片隅にある知的障害を持つ方のためのグループホームでした。

なぜ大智の冬休みはカナダのナナイモにある築100年の古民家に奪われてしまったのか? そしてそこで彼は何を見つけるのでしょうか?これは六畳間の住人であるゲーマーが強制的に人生の寄り道に連れ出される物語です。


ナナイモってどこだ?

屋島大智(タイチ:19)は、大学の講義で配られた山のようなレジュメの上に、昨日買い集めたコンビニスイーツの空袋を無造作に積み上げていた。春から大学二年生になったというのに、彼のリビング(兼寝室兼食堂)は相変わらずカオスだ。

「よっしゃ、今日もよく学んだ!」

大智はスマホの画面をタップし、社福のグループチャットを閉じると、大きく伸びをした。彼の専攻は社会福祉学。人の助けになりたいという純粋な気持ちと、そこそこ単位が取りやすそうという現実的な判断が半々で選んだ道だ。そして、その日の昼休み、大智は同じクラスの女子・エミコの爆弾発言を学内のカフェテリアで聞くことになる。

エミコはいつも清潔感のあるワンピースを着ていて、大智とは真逆のしっかり者というオーラを放っている。サークルやボランティア活動にも精力的で、学科内では意識高い系トップランナーと密かに呼ばれていた。

「あ、大智くん。私ね、来月からしばらくカナダに行くよ」

大智はカレーパンを一口頬張ったところで動きが止まった。

「カナダ?留学か?すげーな、エミコ。どの辺?」
「留学っていうか、インターンシップみたいなものかな。バンクーバー島のナナイモっていう街のグループホームで、アシスタントワーカーとして働くんだ」

ナナイモ。グループホーム。バンクーバー? 大智は頭の中でその3つの単語をぐるぐる回したが、見事にどれも引っかからない。

「えーっとナナイモって、あれだろ?メープルシロップの、えーっと」

と頭からシロップを絞り出そうとしたが無理だった。そしてもっとまずいことに気づいた。

「グループホームって、あれか。社会福祉の講義で、一応やった、気が、する?」

彼は社会福祉学科の学生だ。専門用語のはずなのに、具体的なイメージが全く湧かない。自分の専攻の知識レベルの低さに大智は額に冷や汗をかいた。意識高い系トップランナーの前で、今さらナナイモって、マンゴー的なフルーツ?とか、グループホームってみんなで暮らすシェアハウス?なんて聞けるわけがない。大智は、平静を装い、カレーパンを噛みしめながら、ただ一言、深く頷いた。

「へえ、ナナイモ。グループホーム。すげー、エミコらしいな!頑張ってこいよ!」

そしてその日の夜、大智は太陽荘の自室で積み上げられたレジュメを足で避けながら、ノートパソコンの前に座り込んでいた。

「ナナイモってどこなんだよ、チクショウ」

彼はまずGoogleマップを開いた。Nanaimo, BC, Canada。こんな地名が本当にあるのか。バンクーバーからフェリーで渡る、緑豊かな島の街だった。太平洋に面していて、どうやら東京の学生寮より遥かに開放的で空気が美味しそうだ。

次に「ナナイモ グループホーム アシスタント」で検索をかける。ヒットしたサイトは、簡素だが温かいデザインだった。そこにはこう書かれていた。

当グループホームは、知的障害を持つ方々の生活をサポートする施設です。多様性を尊重し、世界中から意欲ある若者をアシスタントワーカーとして一年間のプログラムで受け入れています

大智は、画面に映る、笑顔で利用者と畑仕事をする若者たちの写真を見つめた。世界中から。19歳の自分と何も変わらない若者が遠いナナイモで、専門的なスキルを持って社会的な役割を果たそうとしている。そして隣には、彼のパソコンの画面に映る知識とは裏腹に、今日もまた一つ増えたコンビニスイーツの空袋が、大智の現実を突きつけていた。

「なんだよ、エミコ。お前、本気で世界を変えようとしてんのかよ」

大智の心の中に、ナナイモの街並みとグループホームの温かい光が小さな戸惑いと、ほんの少しの焦燥感とともに焼き付いたのだった。

逃げ道を塞ぐ、ごきげんよう

あれから約半年。季節は駆け足で過ぎ、都内の学生寮太陽荘には、クリスマスを間近に控えた冷たく湿った空気が漂っていた。大智の六畳間は、六ヶ月前と比べ、レジュメとコンビニ袋の山が天井にわずかに近づいた程度で、本質的な変化はない。

相変わらず彼の日常はギリギリの単位取得と新作ゲームそして深夜のカップ麺に支配されていた。

「寒いなー。やっぱカナダはあったかいんだろうか?いや、カナダか、あっちの方が絶対寒いか」

大智は、窓際で弱々しく回る電気ストーブをぼんやりと見つめながら他人事のようにエミコの異国での生活を想像していた。もうエミコのことなんて忘れて平和な日常に戻っていたはずだった。そんな大智の平和を打ち破ったのはある午後の郵便物だった。

厚紙でできた妙に立派なエアメールの絵葉書。裏面には雪を抱いた雄大な山脈と、どこかのんびりした海沿いの小さな街が写っている。そして、見慣れた几帳面な文字。

「ごきげんよう」

大智は思わず持っていたポテトチップスを噴き出しそうになった。

「ごきげんよう!?誰だよ、この昭和の大女優みたいな挨拶は!って、エミコかよ!」

まるで時代劇のヒロインのような仰々しい書き出しに大智は、早くも敗北感を覚えた。エミコはナナイモで完全に意識高い系トップランナーの頂点を極めているらしい。葉書にはこう続いた。

夏休みは帰ってこようとも思いましたが、フランスやオランダ出身のアシスタント達とロッキー山脈方面へ旅に出ました。こちらでの生活はとても充実しています。言葉の壁はありますが、ホームのコアメンバー(知的障害者の方々)が私を慕ってくださるのが、何よりも嬉しいです。大智さんはお変わりないですか?

コアメンバー。慕ってくれる。ロッキー山脈。フランスとオランダのアシスタント。大智は自分の手元にある、油でべたつくポテトチップスの袋と、エミコの葉書を交互に見た。自分の周りにいるのは、徹夜でゲームをしたがる同級生と、強いて言えば近所の野良猫だけだ。

「なんだよ、完全にリア充じゃんか。てか、コアメンバーって。うちの学科の専門用語にあったかな。そんなことばをおぼえちゃってまあ、すごいな」

焦燥感に駆られ大智は、意識低い系のプライドを保ちながら、律儀に返事を書いた。彼はこの返信で、エミコとの距離を安全に保つつもりだった。選んだのは、返事の遅い絵葉書ではなくて、内容が乏しくてもスピード命のLINE。内容は極めて抽象的。

「絵はがきありがとう。こちらは変わりない。エミコの生活が充実しているようで何より。忙しいだろうから、こっちのことは気にしなくていいぞ。じゃあ、またな」

と書いた後、おまけで、絶対に実行されないであろう一文を付け加えた。それが彼の保険だった。

「春休みに行ってもいいかな?」

春休みならまだ五ヶ月も先だ。その頃にはエミコも忙しくて忘れているだろうし、ごきげんようで始まる葉書に、こっちもまあ、気が向いたらというニュアンスを込めておけば、社交辞令として処理されるはずだ。

完璧なエスケープルート。そう思って送信した数時間後、大智はスマホのバイブレーションで眠りから起こされた。画面には、エミコからのLINE通知。

エミコ:冬休みでも大丈夫だけど
エミコ:もうすぐフライトの予約しないと、冬は混むからね

メッセージには、返信に書いた春休みに行ってもいいかな?の部分だけを引用したかのように、彼の逃げ道を完璧に塞ぐ、短い二行が添えられていた。

大智は布団から飛び起きた。目の前には、遠くカナダから送られてきたごきげんようの葉書と、現代の効率的なツールであるLINEによる即時返信という新旧ハイブリッドの強制力が立ちふさがっていた。

「な、なんだよ、これ!社交辞令を本気にすんなよ!」

大智の冬休みはナナイモのグループホームの温かい光に包まれた写真で突如として上書きされてしまったのだった。

築100年のTシャツと消えたリチャード

エミコからのLINEを受けた大智は、それから一ヶ月間、人生で最も不本意な準備期間を過ごした。渡航費を捻出するため、深夜のコンビニバイトを増やし、カナダの気候を調べた結果、彼は、とりあえずヒートテックを限界まで持っていくという、極めて大智らしい結論に至った。

そして、冬休みに入ってすぐ、太平洋を越えてカナダのバンクーバー国際空港に到着。さらに国内線を乗り継ぎ、フェリーでバンクーバー島へ。ナナイモという街に降り立った瞬間、彼の視界には、どこを切り取っても絵葉書になりそうな景色と、空気を突き刺すような清涼な寒さが広がっていた。

グループホームは、街の中心部から少し離れた静かな住宅地にあった。目印は、日本の寺社仏閣を思わせる、立派な石造りの煙突が二本立っている、大きな民家だ。

「ここが、グループホームだよ。築100年を超えてるんだって」

エミコは久しぶりに会った大智に、もはやごきげんようとLINEでやり取りしていた人間とは思えないほど、ハキハキと説明した。彼女は明らかにナナイモの空気に馴染み、顔つきまで一段階、意識高くなっていた。

玄関に入った瞬間、外の寒さが嘘のように、家中が暖かな空気に包まれていた。

「すげぇ!セントラルヒーティングってやつか?快適すぎだろ!」
「それに、見て!暖炉の煙突も現役だから。おかげでね、この冬、3階の私の部屋でもTシャツ一枚で過ごせそうよ」

大智は絶句した。ナナイモの雪景色の中でTシャツ一枚。エミコの意識の高さは、物理的な気温すら無視するレベルに達しているのか。早速、ホームの構造の説明が始まった。

「コアメンバー、つまりここで生活している方々が六人。そして、アシスタントワーカーは私を入れて三人。本当は四人必要なの。週休の交代がきついのよね」

大智は早速、今回の来訪が、単なる友人訪問ではなく、人員不足の穴埋めである可能性を察知した。

「四人もいたのか?」

エミコは頷いた。

「私がここに来てすぐの頃、リチャードっていう22歳のアシスタントがいたんだけど、急に辞めちゃったの。彼がいれば完璧だったんだけど」

リチャード。大智と同じくらいの年齢で、急に辞めた。なんだか共感を覚える。エミコは続けて、リチャードの生活ぶりを説明し始めた。

「リチャードはね、とにかく気さくなのんべえだったの。仕事が終わるのが夜の11時なんだけど、そこから何度か町のパブに飲みに行ったわ」

大智はゴクリと唾を飲み込んだ。エミコが気さくなのんべえとパブへ。やはり彼女の意識は高すぎて、どこかおかしい。

「リチャードの部屋は1階だったの。キッチンの一番奥。みんなが使うキッチンを抜けた先に彼の部屋があるのよ。すごく大柄な人だったからまるで門番みたいだったわ」

エミコは3階の屋根裏のような部屋を案内してくれた。屋根の傾斜を利用した天井の高い空間で、女性アシスタントの部屋が三つ並んでいた。

「私の部屋はここ。屋根裏だけど、暖房のおかげでポカポカよ」

大智は、エミコの快適な生活と、リチャードという謎の門番アシスタントの存在、そして何よりホームの人員不足という現実を目の当たりにし、彼の冬休みが、ただの休息旅行では終わらないことを確信した。

「四人目か。まあ、せっかく来たんだし、ちょっとだけ手伝うか」

そうつぶやく大智の目に映ったのは、廊下に飾られた、辞めたリチャードと楽しそうに写るコアメンバーたちの写真だった。

ゲーマーと、デビットという名の奥の院

ナナイモでの翌朝。大智はグループホームの最高責任者であるハウスレスポンシブのメアリーと対面した。メアリーは五十代くらいの快活な女性で身長は大智よりも高い。彼女は大きな手を差し出し、笑顔で大智を迎えた。

「ウェルカム、タイチ!エミコからあなたの話は聞いているわ。まずはゆっくり休んでちょうだい。一つだけルールがあるの」

メアリーはそう言って、片方の眉を上げた。

「ここでは、日本語を使わないでね。コアメンバーもアシスタントも、みんながコミュニケーションを取れる言語は英語だけだから。あなたもすぐに慣れるわ!」

大智は絶句した。社交辞令で、手伝うかと言っただけで本気で言語の壁まで乗り越える気はなかった。エミコは流暢に英語を話しているが、大智の英語レベルは、高校時代にゲームの攻略サイトを翻訳した知識程度だ。

「え、あ、イエ、イエス、ノー・ジャパニーズ。アイ・アンダスタン」

顔を引きつらせる大智を見て、メアリーは笑いながら、彼の宿泊場所に案内してくれた。場所は2階。デビットというコアメンバーの部屋だという。

「タイチのベッドはここよ」

案内されたのは、八畳間よりも広い洋室の、入り口付近に置かれたシングルベッドだった。そして、部屋の奥まった場所に、もう一つのベッドが見える。そこがデビットの寝床らしい。つまり大智のベッドは、デビットの部屋の前室のような空間なのだ。

「オーケー。アイ・リブ・ウィズ・デビット?」
「そうよ。デビットは親切な人だから大丈夫。あなたにはとくに何もしなくてもいいと伝えてあるから、好きなように過ごして」

何もするな、というメアリーの言葉は裏を返せば、大智の存在をただの客として扱い、業務に関わらせる気は今のところないという意味だった。しかし、大智は暇だった。そしてデビットの部屋の前室でゴロゴロしながら、階下のエミコや他のアシスタントたちがテキパキと働く音を聞いていた。

社会福祉学科の学生として、また、意識高い系トップランナーの友人として、非常に居心地が悪かった。そこで大智は自主的に動き始めた。エミコが朝食のパンケーキを焼く日は、朝早く起き、彼女が生地を混ぜている間にダイニングのテーブルセッティングを手伝った。フォークとナイフを並べるだけだが、大智にとっては大いなる社会貢献だ。

「大智くん、ありがとう!すごく助かるわ」

エミコに感謝されると、大智は東京の六畳間でゲームに明け暮れていた半年前の自分とは違う、まるで何かの役に立っているような錯覚に陥った。またある日、メアリーが

「買い物に行くから、運動がてら来なさい」

と声をかけてきたので大智はショッピングセンターへの食料品の買い出しに同行した。メアリーは食料品をカートに入れる間も、大智に矢継ぎ早に英語で話しかけてくる。

「タイチ、自己紹介であなたのホビーは何だって言ったんだっけ?」

「マイ・ホビー・イズ、ビデオ・ゲームズ!」

大智は大きな声で答えた。日本語禁止なので、発音の良し悪しは気にしない。大事なのは気持ちだ。グループホームに戻ると、大智はコアメンバーたちに取り囲まれた。彼らはどうやらメアリーから大智の情報を聞いていたらしい。

「タイチはね、ビデオゲームが好きなんだって!」

メアリーがそう言うと、コアメンバーの一人が嬉しそうに言った。

「オー!ヒズ・ア・ゲーマー!ナイス・トゥ・ミート・ユー、ゲーマー!」
「ハイ、ゲーマー!」

こうして、彼の本名であるタイチはあっという間に消え、大智のナナイモでの新しいアイデンティティは、彼が一番誇れるが、しかし福祉とは無関係な特技に基づいた、ゲーマーとなったのだった。

意識高い系トップランナーの挫折

大智のナナイモでの日常は、完全にゲーマーとして定着していた。朝はエミコとパンケーキの皿を並べ、日中はデビットの部屋の前室にあるベッドでゴロゴロする。夕食後はコアメンバーの誰かに促されて簡単なカードゲームや古いゲーム機の相手をする。日本語が禁止されているため、大智はジェスチャーと、ゲームのチュートリアルで覚えたようなシンプルな英語でコミュニケーションを取っていた。

「デビット!ユー・アー・ルーザー!」
「ノー!タイチ、ユー・チート!」

こんなレベルの英会話でも、彼にとってはその六畳間よりも遥かに充実していた。メアリーは相変わらず

「あなたはゲストだから、何もすることはない」

と言うが、大智が食料品の買い物に同行したり、キッチンで無駄話をするだけで、アシスタントたちの間に、目に見えない余裕が生まれているのを大智自身も感じていた。

ある日の夜、コアメンバーたちが自室に戻り静かになった頃、エミコが二階のデビットの部屋の前室までやってきた。屋根裏部屋のTシャツ生活を満喫しているはずのエミコにしては、珍しく真面目な顔をしている。

「大智くん、ちょっといい?」

大智はデビットが奥のベッドで眠りについたのを確認し、静かに頷いた。

「実はね、リチャードが辞めた後の話なんだけど。私、働き始めた当初、メアリーに厳しく注意を受けたの」

大智は驚いた。あの意識高い系トップランナーのエミコが、指導を受けるなど想像もできなかった。エミコは壁にもたれかかり、遠い目をした。

「リチャードが辞めて、人員が三人になったでしょう?私はなんとかその穴を埋めようと必死だった。コアメンバーのスケジュールはすべて完璧にこなそうとしたし、週休の日も大丈夫ですって言って、自主的に残って仕事をしていたの」

大智は、その光景が目に浮かんだ。エミコならやりかねない。いや、きっとやったのだろう。自分の能力と知識だけで、すべてをコントロールしようとする彼女らしい行動だ。

「でも、ある日メアリーに呼ばれて、言われたのよ。エミコ、あなたのしていることは、コアメンバーへのホスピタリティではなく、単なる自己満足になっているって」

その時のメアリーの真剣な表情を思い出したのか、エミコは唇を噛んだ。

「メアリーは続けたわ。ここは病院でも工場でもない。あなた自身が疲れ果てて、心の余裕を失ったら、誰も助けられない。私たちは、彼らの生活を助けるためにいるけれど、それ以上に、彼らと共にここにいることが大切なのよって」

大智は、頭の中でメアリーの英語のセリフを、高校英語の知識を総動員して翻訳した。つまり、働きすぎんな、アホかということだ。

「ショックだったわ。完璧なアシスタントを目指していたのに、ただのオーバーワーカーとして危険信号を出されちゃって」

大智は、ゴロゴロしていたシングルベッドから身を起こし、呆れたような口調で言った。

「なんだよ、それ。エミコ、お前、それってさ、ストーリー重視のゲームを、アイテムコンプリートのために最初から攻略サイト見ながら高速でクリアしようとするようなもんだろ?」

エミコはきょとんとした顔をした。

「どういう意味?」
「だから、完璧にこなそうとしすぎなんだよ。このホームの生活って、エミコが言うロッキー山脈旅行や、パブで飲むリチャードみたいに、どうでもいい無駄な時間や寄り道こそが、デビットたちが一番楽しみにしているイベントなんじゃねえの?」

大智は、自分でもなぜこんなにスラスラと言葉が出てくるのか不思議だった。それは、彼がこの数日間、ゲーマーとして、完璧とは程遠い、ただの寄り道と無駄話の時間を、このホームで過ごしてきたからかもしれない。エミコはしばらく大智を見つめた後、小さく笑った。

「そうね。ゲーマーの言う通りかもね。私たちは、リチャードが辞めた穴を埋めなきゃって焦りすぎて、一番大切な共にいるっていうパートを忘れてたのかもしれない」

その夜、大智は初めて、エミコという意識高い系トップランナーが、実は自分と同じように、カナダの地で試行錯誤し、悩み、そして挫折を経験していた一人の学生に過ぎなかったことを知ったのだった。

ゲーマーと意識高い系トップランナーの卒業

季節は再び春。都内の大学構内は、桜の花びらと、卒業を祝うガウン姿の学生たちで溢れていた。屋島大智、23歳。彼は入学からちょうど5年目にして、ようやくこの日を迎えていた。

「いやあ、長かったな、5年」

大智が肩をすくめると、隣に立つエミコが静かに笑った。彼女もまた、大智と同じく5年で社会福祉学科を卒業する。

「大智くんの場合は、ほとんどゲームの寄り道とレベル上げに時間を使いすぎた結果でしょう?私とは理由が違うわ」

エミコは冗談めかして言った。彼女の場合、2年生の時の一年間のカナダ滞在が休学扱いになったためだ。しかし、彼女がナナイモへの情熱を失うことはなかった。4年生の時、エミコは再び休学することなく、ナナイモのグループホームへの訪問を、なんと大学の社会福祉実習の単位として組み込むことに成功したのだ。

「メアリーと大学側が、私の企画書と実績を認めてくれたの。共にいることこそが、最も重要な実習であるって」

エミコは誇らしげに語った。二度目の訪問は、大智がアドバイスした通り、完璧なアシスタントを目指すのではなく、コアメンバーたちとの無駄な時間を大切にする、心に余裕のあるワーカーとしての日々だった。

「意識高い系トップランナー、相変わらずすげぇな」

大智は、心底感心した。彼自身は、ナナイモから帰国した後も、相変わらずゲームに明け暮れたが、彼の心にはかすかな変化が生まれていた。ナナイモでのゲーマーとしての体験が、六畳間のゲーム生活を無為ではなく寄り道へと昇華させたのだ。

「で、エミコは今日帰国して、そのまま明日のフライトか?」
「いいえ、でも2週間で帰るわ。ナナイモのグループホームに正式に就職が決まったの。リチャードが辞めた四人目の穴を、最終的に私が埋める形になったわ」
「そうか。お前らしいな」

大智は、エミコに倣ってごきげんようとでも言うべきか迷ったが、結局いつも通りぶっきらぼうな口調になった。

一方の大智も、今日この日を境に、新しい生活が始まる。彼が卒業式を終えて向かうのは、六本木にある大手ゲーム開発会社だ。

「俺は、六本木で、誰かの無駄な時間を作る仕事に就くよ。デビットやコアメンバーたちが夢中になれる、最高のイベントと寄り道をプロデュースする」

大智がそううそぶくと、エミコは優しく微笑んだ。その顔には、かつての張り詰めた緊張感はなかった。

「大智くんは、ナナイモで立派なゲーマーとして私よりも先にその本質に気づいていたのね。頑張って。いつか私が休暇で東京に戻ったら、あなたが作った最高の寄り道を見せてね」

彼らは軽く握手を交わし、それぞれの未来へと歩き出した。エミコは、築100年の古民家が温かく包み込む、ナナイモのグループホームへ。大智は、最新のテクノロジーと資本が渦巻く、六本木のゲーム会社へ。大智の背中は、もう半年前の逃げ腰な大学生ではない。彼には、遠くナナイモの地で、彼の作ったゲームの主人公たちが、今日も誰かの無駄だけれど大切な時間を彩っているという確信があった。

太陽荘の六畳間から始まった、彼の人生最大の寄り道は、こうして意外な場所で、確かな意味を見つけたのだった。

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