
「ああやっぱりPHPのバージョンを上げて、ブロックエディタを極めるなら、またWordPress(ワードプレス)に戻すべきか。いや、でもGoogleBlogger(ブロガー)のこの無骨なシンプルさも捨てがたい」土曜日の朝7時。タカシ(42)は、我が家のリビングの特等席(ダイニングテーブルの端っこ)にパソコンを陣取り、画面を凝視しながら深く唸っていた。
ブログ執筆

タカシの趣味は、ブログの執筆である。平日は、朝起きて会社へ行く前の貴重な30分や、家族が寝静まった深夜の2時間というスキマ時間を血眼になって捻出。予約投稿予定の未公開記事を何度も読み返し、誤字脱字を見つけては職人並みの手つきで修正する。そして土日ともなれば、文字通りフルでパソコンの前に張り付いているのが日常だった。
そのブログ遍歴は、タカシの熱量の歴史でもある。最初は手軽なアメブロから始めた。だが、凝り性なタカシは物足りなくなり、独自ドメインを取得して高度なWordPressを完全マスター。しかし、サーバー管理の煩わしさに疲れて一時期GoogleBloggerに浮気し――そして今、巡り巡って「やっぱりWordPressに直そうか」という、全ブロガーが一度は陥る深い迷宮の中で頭を抱えていた。
「パパ、悪いんだけどそこ退いて。朝ごはんのお皿並べられない」
そこへ、妻のユキコが冷え切ったトーンでトレイを持って現れた。
「あ、ごめんごめん!今ちょっと、サーバーの神髄について考えてて」
「サーバーだか、サバの缶詰だか知らないけど、少しはキーボードを叩く音を小さくして。朝からカチャカチャカチャカチャ、小気味いいリズムで耳障りだわ」
ユキコは目も合わせずにトーストをドンと置いた。タカシは「すまない」と縮こまりながらパソコンをパタンと閉じる。そうなのだ。タカシのこの熱すぎるブログ熱は、家庭内では「ただの怪しいカチャカチャ騒音」として完全に孤立していた。
そんな四面楚歌のタカシにとって、唯一の理解者であり、ブログのアイデアを提供してくれるメンターがいた。タカシが勤める漁船向け燃料・装備品販売会社の取引先――久多漁業協同組合(漁協)のマーケティング担当、マチコさん(35)である。
月曜日。タカシは新製品の船底塗料のパンフレットを建前に、久多漁協の事務所を訪れていた。
「マチコさん!先週教えてもらった、読者の目を引く見出しの付け方、さっそく実践しました!やっぱりマチコさんは一流のWebデザイナーですね。僕なんてまだまだドメインの階層構造で悩んでるレベルで」
事務所のパソコンに向かうマチコさんを、タカシはキラキラした崇拝の目で見つめる。タカシにとって、漁協のホームページを華やかに更新し、SNSを使いこなすマチコさんは、雲の上のITディーヴァ(女神)だった。しかし、当のマチコさんはといえば――。
「え?ああ、うん、ありがとうタカシさん。でも私、デザイナーっていうかアメブロの無料テンプレートのピンク系・可愛いってやつをポチッと押して、文字を打ってるだけなんだけどね」
そう、マチコさんは別にHTMLもCSSも書けない、純度100%のアメブロ・オンリーの事務員さんだった。タカシが悩んでいるWordPressのプラグインの互換性や、BloggerのXML編集なんて話は、一文字も理解していない。だが、彼女が何気なく言う「やっぱり、見た目がパッと明るいのが一番よね!」という言葉が、迷えるタカシには、神の啓示?のように聞こえてしまうのだった。
「いやいや、その引き算の美学が素晴らしいんです!ところで、次の記事のネタなんですが――」
熱弁を振るうタカシだったが、10分もするとブログの技術的な話は底を突いた。何せ、タカシの本業は漁船の燃料売りで、マチコさんは漁協の職員。お互い最新のITトレンドに詳しいわけではない。趣味以外の話になると、とたんに二人の間には強烈な話題不足が押し寄せてくる。
結果として、会話は必然的にディープなプライベートへと脱線していくのだった。
「っていうかさ、タカシさん。そんなに毎日、朝から晩までパソコンにかじりついてて大丈夫なの?」
マチコさんは湯呑みを片手に、ふうと息を吐いて言った。
「え?何がですか?」
「何がですか、じゃないわよ。おたくの奥さん、そんなにほっとかれて、絶対に寂しがってるって。男の人は、趣味に生きてる俺、カッコいい、って思ってるかもしれないけど、普段からちゃんと奥さんと会話してなきゃ、ある日突然、三行半(みくだりはん)を突きつけられるわよ?」
「ええっ!?そ、そんな大袈裟な」
マチコさんの、遠慮なくプライベートへ踏み込んでくる鋭いツッコミ。タカシは今朝のユキコの冷ややかなトースト配膳を思い出し、背筋に冷たいものが走るのを禁じ得なかった。
ブログ脳

「会話の基本は、相手のニーズを知ることから、か」
漁協からの帰り道、タカシ(42)はマチコさんの言葉を反芻していた。「おたくの奥さん、ほっとかれて寂しいんじゃないの?」
あの言葉は効いた。確かに最近、妻のユキコと最後にまともな会話をしたのがいつだか思い出せない。いや、会話はしている。「醤油取って」「うん」「ゴミ出して」「置いといて」。これは会話ではない。ただのコマンドの送受信だ。
タカシは夜、自宅のパソコンの前で、未公開記事の校正をしながら、ふとリビングでテレビを見ているユキコに目をやった。ブログをバズらせるためには、読者ターゲット(ペルソナ)の徹底的な分析が必要不可欠だ。
(よし、ターゲットは40代主婦。趣味はヨガと家庭菜園。最近の悩みは僕のキーボードのタイピング音。よし、ペルソナ設定は完了。あとは、思わずクリックしたくなる魅力的な導入文(会話)を投げかけるだけだ!)
タカシは脳内で記事の構成案を組み立てるように、意気揚々とユキコの隣のソファへ移動した。
「ねえ、ユキコ」
「何?パソコン壊れたの?」
ユキコは警戒した目でタカシを見た。いつもならこの時間は、狂ったようにキーボードを叩いている夫が、妙にニヤニヤしながら隣に座ってきたのだ。無理もない。タカシはブログで培った、読者の心を掴むキラーフレーズを、満を持して口にした。
「驚愕。最近のトマトの苗の成長スピードが凄すぎる件について。ぶっちゃけ、どう思う?」
「は?」
ユキコはリモコンを握ったままフリーズした。
「いや、ほら、ユキコがベランダで育ててるトマトさ。あれって、2026年最新の肥料とか使ってるの?もしよかったら、その、3つのメリットについて詳しく聞きたいなと思って」
タカシとしては、相手の趣味に寄り添った完璧なリード文のつもりだった。しかし、ブログ脳が完全に裏目に出ている。会話の節々に謎の、強調見出しや、ナンバリングが入っているのだ。
「タカシ、あなた疲れてるの?それとも何か変な壺でも買わされそうになってる?」
「ち、違うよ!普通に楽しくおしゃべりをしようと思って!」
「普通のおしゃべりは、主婦の悩みを徹底解剖したりしないわよ。不気味だから向こう行って」
結局、最初のコンタクトは見事に、直帰率100%(即座に会話終了)に終わった。翌日。タカシは再び久多漁協を訪れ、カウンター越しにマチコさんへ泣きついた。
「マチコさん!ダメです!妻に話しかけたら、ゴミを見るような目で睨まれました。会話のキャッチボールのSEO対策がさっぱり分かりません!」
事務作業をしていたマチコさんは、書類から顔を上げて呆れたようにため息をついた。
「タカシさん、あなたねぇ。またブログの書き方みたいに奥さんに迫ったんでしょ。奥さんが求めてるのは、情報のまとめ記事じゃなくて、ただの共感なのよ。あ、そうそう、ちょうどいいわ。久多漁協の今月のアメブロ、テンプレート変えたの。見て」
マチコさんが誇らしげに提示したパソコン画面には、ピンクの背景に、キラキラした星が飛び交う、いかにもアメブロといった風情のページが表示されていた。
「どう?タイトルはね、☆久多漁協☆今日も大漁!みんなハッピーブログ♪よ。これくらい敷居を低くして、間口を広げなきゃダメ」
タカシはその画面を見て、心の中で激しくのたうち回った。
(独自ドメインも取らず、SEOの基本であるキーワード選定も無視し、タイトルに無駄な絵文字を入れ、パンくずリストすら存在しない!なのに、なぜこのドマニアックな漁船燃料会社の僕が、このアメブロの女王をメンターとして崇拝しているんだ!?)
だが、タカシは気づいていた。マチコさんの書くブログには、技術的な正しさ(WordPress)は一ミリもないが、読んだ人をクスッとさせる血の通った温かさがある。逆に、自分のブログは、どれだけWordPressの最新ブロックエディタを駆使して美しく整えても、どこか冷たい取扱説明書のようだ。
「マチコさん。僕の会話には、アメブロのような愛嬌が足りないんでしょうか」
「そうよ。もっと肩の力を抜いて、中身のない話をダラダラしなさいよ。主婦なんてね、今日の晩御飯のおかずの愚痴を聞いてくれるだけで、いいね!を押したくなるもんなんだから」
マチコさんの言葉に、タカシは深く頭を下げた。
「分かりました。今夜は、徹底検証も、まとめも、封印します」
しかし、ブログという予約投稿の世界に慣れきったタカシにとって、リアルタイムで変化する妻の機嫌という名のアルゴリズム(変動)に対応するのは、WordPressのバグを直すよりも遥かに過酷なミッションだった。
敷居の低さ

「よし今週末は、パソコンを開かない!」
日曜日。タカシ(42)は、血の滲むような決意で愛機(ノートPC)をクローゼットの奥深く、冬用毛布の間に封印した。
いつもなら日曜の午前中は、GoogleBloggerからWordPressへの「リダイレクト(転送)設定」について狂ったように調べている時間だ。しかし、いまのタカシにはマチコさんの「奥さんが求めているのは共感よ」という教えがある。
リビングへ行くと、ユキコが不機嫌そうに掃除機をかけていた。コードが家具に引っかかるたびに、舌打ちの音が聞こえる。タカシはすかさず、脳内のアメブロ・モードを起動した。タイトルは、☆我が家の日常☆お掃除がんばるママ、いつもありがとう♪だ。絵文字をたっぷりイメージし、敷居を極限まで下げる。
「ユキコ、いつも掃除してくれてありがとう。その掃除機のコードって、本当にすぐ引っかかるよね。マジで、あるある、だし、イライラしちゃう気持ち、すっごく分かるよ」
ユキコがピタッと掃除機を止めた。
「は?」
「いや、だから、共感っていうかさ!わかるわかるー!って言いたくて」
「タカシ、あなた昨日から本当にどうしたの?気持ち悪いんだけど」
直帰率は免れたものの、ユーザーレビュー(妻の反応)は最悪だった。それでもタカシはめげずに、ユキコがソファに座るタイミングを見計らって、マチコさんに言われた中身のないダラダラした話を繰り出した。
「そういえばさ、隣の町のスーパー、最近ネギが安いらしいよ」
「へえ、そう」
「ね。あと、最近の天気って、なんか晴れたり曇ったりだよね」
「地球だからね」
会話のキャッチボールというより、壁当てである。中身のない話をしようとしすぎて、タカシの会話はもはやスパムブログ(中身のない量産型サイト)のようになっていた。沈黙に耐えかねたタカシは、つい口を滑らせてしまった。
「おかしいな久多漁協のマチコさんは、こういう他愛のない話が主婦には一番刺さるって言ってたんだけど」
その瞬間、リビングの空気が絶対零度まで凍りついた。ユキコがゆっくりと首をこちらに向ける。その目は、WordPressの重大なシステムエラーを知らせる画面真っ白(ホワイトスクリーン・オブ・デス)よりも恐ろしかった。
「マチコさん?」
「あ、いや、取引先の久多漁協のマーケ担当の人でね!僕のブログのメンターというか、すごく色々アドバイスをくれる女性で」
「へえ。燃料会社のあなたが、漁協のマーケティングの女性と、プライベートでどんな話をしたら主婦に刺さる会話の話になるわけ?」
「それはその、僕たちの間には趣味(ブログ)以外の話題が不足していて、どうしてもお互いの家庭環境の話にシフトせざるを得ない構造というか!」
焦ったタカシは、一番使ってはいけない、ビジネス文書ライクな言い訳をまくし立てた。火に油である。
「ふーん。私をほったらかして、土日もカタカタ内職してると思ったら、よその女の人に私の愚痴でも言ってたんだ。で、おたくの奥さん寂しがってるんじゃないのー?なんて同情されてたわけね」
「なんで、それを知ってるの!?」
「カンよ。最悪ね」
ユキコは立ち上がり、バシッとテレビの電源を切ると、寝室へと去っていった。ガチャリと閉まるドアの音。タカシは一人、リビングに取り残された。完全なるバグ。それも、下手にソースコードをいじったせいで、サイト全体が崩壊するタイプの大爆発だ。
「マチコ先生助けてください。共感を意識したら、サーバーごと(家庭)吹き飛びました」
タカシは、クローゼットからパソコンを引っ張り出したい衝動を必死に抑えながら、頭を抱えて夜通し悶絶するのだった。
炎上

月曜日の朝。タカシ(42)はゾンビのような足取りで久多漁協の事務所へ滑り込んだ。
「マチコ先生、大変です。サイト(家庭)が乗っ取られたというか、完全にBAN(出入り禁止)されました」
カウンターに突っ伏すタカシに、事務員のマチコさん(35)は「はあ?」と眉をひそめた。事の顛末をすべて話すと、マチコさんは呆れたように自分の額を叩いた。
「タカシさん、あなた本当に救いようのないブログ脳ね!なんでそこで私の名前を出すのよ。奥さんからしたら、どこの馬の骨ともわからない女に家庭の通信ログを覗かれてたようなもんでしょ!」
「面目ありません。WordPressの移設より、妻の機嫌の修復の方が1億倍難しいです」
うなだれるタカシを見て、マチコさんはフッと不敵な笑みを浮かべた。
「しょうがないわね。アメブロオンリーの私だけど、炎上案件の消火活動くらい手伝ってあげるわ。今日、お宅に突撃するから」
「ええっ!?突撃!?」
その日の夜。タカシが恐る恐る自宅のドアを開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。リビングのソファに、妻のユキコとマチコさんが並んで座り、楽しそうに笑いながらビールを飲んでいるのだ。テーブルの上には、久多漁協特製のイカの一夜干しが山盛りになっている。
「あ、タカシさんおかえりー。ユキコさんって本当に聞き上手で、ついつい長居しちゃった!」
マチコさんが陽気に手を振る。
「あなた、お帰りなさい」
ユキコはまだ少し硬い表情だったが、昼間の怒気は消えていた。どうやらマチコさんは、持ち前の、圧倒的アメブロ精神(抜群の親しみやすさと敷居の低さ)で、ユキコのご近所主婦アンテナに直接プラグインし、誤解をすべて解いてくれたらしい。
マチコさんは立ち上がると、タカシの肩をポンと叩いた。
「じゃ、私はこれで。ユキコさん、この人ね、システムのことばっかり詳しいけど、中身はただの超不器用なカタカタ星人だから、大目に見てあげてね。あ、タカシさん、今月のアメブロのヘッダー画像、またいい感じのに変えといて!」
「え?あ、はい!」
(マチコさん、やっぱり自分で画像作れないから僕に頼むんじゃん!)
と思いつつも、タカシは女神の後ろ姿に心の中で深く一礼した。マチコさんが帰り、静かになったリビング。タカシは意を決して、ダイニングテーブルの上のノートパソコンをユキコの方へと向けた。画面に表示されているのは、新しく立ち上げたWordPressの真っ白な新規投稿画面だった。
「ユキコ」
「何?また徹底検証でもするの?」
クスッと笑うユキコに、タカシは真剣な顔で首を振った。
「ううん。BloggerにしようかWordPressに戻そうか悩んでたんだけどやっぱりWordPressにしたんだ。世界に一つだけの、僕たちのドメイン(独自の場所)だから」
「はあ」
「それでね、この記事、1行目からユキコと一緒に書きたいんだ。僕が今日仕事で嬉しかったこととか、ユキコがベランダのトマトに水をやって気づいたこととか、そういう、中身のない、他愛のない話を、ここに二人の日記として残していきたい」
※ 著者の場合もBloggerにしようかWordPressに戻そうか?悩んだのですが、そのときに相談したのがエックスサーバーでした。いまだとAIで困ったときの解決策も調べることができます。その際に大手のレンタルサーバーを契約すると同時にドメインも同じレンタルサーバー経由で契約すると便利です(詳しい情報があらゆるところで記事になっていますし、割引もあるからです)。<PR>独自ドメインを複数お持ちの方にお勧めのレンタルサーバー!
タカシはキーボードから手を離し、ユキコの手をそっと握った。
「今まで、画面ばっかり見ててごめん。僕の一番の読者は、隣にいるユキコじゃなきゃダメだったんだ」
ユキコは驚いたように画面とタカシの顔を交互に見つめ、それから、呆れたように、だけど本当に嬉しそうに吹き出した。
「何よそれ、プロポーズのやり直し?でも、そんな毎日書くことなんてないわよ?」
「いいんだよ、日記なんだから。あ、タイトルはどうする?☆タカシとユキコの毎日ハッピー日記☆とか?」
「センス古っ!マチコさんの影響受けすぎでしょ!普通のでいいわよ、普通ので」
ユキコが笑いながらキーボードに手を伸ばし、たどたどしい手つきで一文字ずつ打ち込み始めた。
「きょうは、いかの一夜干しをたべました。」
タカシはその横顔を見ながら、胸がいっぱいになるのを感じていた。SEO対策も、プラグインの互換性も、PV数も、今のタカシにはどうでもよかった。
カチャ、カチャ。
リビングに響くタイピングの音は、もう耳障りな騒音ではない。それは、新しくインデックスされた、二人のこれからの足音だった。

