学校が閉まる夏休み障害のある我が子と二人きり。追い詰められた母親が学校がないなら作ればいい!と動いた結果、町中のおじいちゃんまで巻き込む大騒動になった話(後編)
🌿学校が閉まる夏休み障害のある我が子と二人きり。追い詰められた母親(後編)

山形県山形市の郊外、蔵王の山並みを遠くに望む静かな住宅地に、一人のお母さんが暮らしていました。そのお母さんには、障がいのある男の子がいました。みんなが待ち望む長い夏休みが始まると、町はにぎやかに色づきます。けれど、その親子にとっては、夏休みは憂鬱の季節でした。前編からの続きです。


小学校2年生の男子はすぐにチャンバラごっこを始める

だいまじんの活動が町内に広がるにつれ、子どもたちはいろんな大人の秘密基地に出入りするようになりました。その中でも、ひときわ人気だったのが、たけしおじいちゃんの竹林です。

山形市の南のはずれ、細い坂道をのぼった先に、ぽつんと広がる小さな竹林。風が吹くと、竹がさわさわと鳴って、まるで何か話しかけてくるようでした。

ある日、たけしおじいちゃんが、にこにこしながら言いました。

「これ、切り出したばっかりの竹だ。なんか作ってみたらどうだ?」

子どもたちは目を輝かせました。

「たけとんぼ!」「竹馬!」「秘密の杖!」

おじいちゃんは、手際よくナタをふるい、竹を切り分けてくれました。そして、みんなで工作開始。たけしおじいちゃんは、竹馬の足場の高さを調整してくれたり、たけとんぼの羽の角度を微調整してくれたり、まるで竹の魔法使いのようでした。

そして、予想通り、小学校2年生くらいの男子たちは、竹を手にすると、すぐにチャンバラごっこを始めてしまいます。

「うおー!オレは風の剣士だー!」

「くらえ!竹の奥義!」

その様子を見て、たけしおじいちゃんは、ふふふと笑いながら言いました。

「もっと切れるようにしてみようか?」

そう言って、竹刀をバターナイフのように削り始めました。刃先は丸く、でもしっかりとした重みがあり、見た目はまるで本物の刀のよう。

子どもたちは、最初は「すげー!」と大興奮。でも、しばらくすると、誰からともなくチャンバラごっこをやめてしまいました。

「なんか、これで遊んだら、ほんとにケガしそう。」

「うん。ちょっとこわいかも。」

それ以来、竹の剣は展示用になり、子どもたちは代わりに竹で楽器を作ったり、迷路を作ったり、もっと平和的な遊びに夢中になっていきました。

たけしおじいちゃんは、そんな子どもたちを見て、ぽつりとつぶやきました。

「強くなるってのは、戦うことじゃないんだな。やさしくなることなんだ。」

その言葉は、竹林の風に乗って、だいまじんの心にそっと染み込んでいきました。

平泉の平家伝説?

「ねえ、たけしおじいちゃんって、ほんとは何歳なの?」

ある日、子どもたちのひとりがぽつりと聞きました。

「120歳?」

「おい、61歳だよ。まだまだ若いぞ。」

「えー!それで、おじいちゃんなのか!」

「でも、たけしおじいちゃんって呼ばれるの、なんかうれしいんだよなぁ。」

そう言って、たけしおじいちゃんは照れくさそうに笑いました。子どもたちにとっては、年齢なんて関係ありません。竹林の魔法使いであり、工作の達人であり、何よりだいまじんの仲間なのです。

そんなある日、竹林の奥で遊んでいた子どもたちが、ふと不思議なことを聞きました。

「ねえ、この竹林って、なんか由来とかあるの?おばけ出るとか?」

「あるよ。昔、うちのじいさんが言ってたんだ。ここは、平泉の平家から伝わった竹林だって。」

「えっ、平家?あの源平合戦の?」

「そうそう。でも、ほんとのことかどうかは、わかんないけどな。」

「平泉の平家」という表現は、一般的に「奥州藤原氏」の栄華と滅亡を指します。奥州藤原氏は平泉を拠点に東北地方で勢力を築きましたが、「平家」が平泉にいたわけではありません。平泉に庇護された平家は、源義経であり、彼は後に奥州藤原氏の当主・泰衡によって攻め滅ぼされました。

子どもたちは目を輝かせました。

「じゃあ、ここって伝説の竹林ってこと?」

「うーん、そういうことにしとくか!」

それからというもの、子どもたちは竹林を伝説の基地と呼び始め、そこに入るときは儀式をするようになりました。竹の杖を持ち、葉っぱの冠をかぶり、たけしおじいちゃんに通行許可をもらうのです。

「たけしおじいちゃん、今日も入っていいですか?」

「よし、いいよ。竹に気をつけてな。」

そんなやりとりが、だいまじんの日常になっていきました。

そして、ある日。子どもたちが竹林の奥で見つけたのは、古びた木箱。中には、手書きの地図と、昔の写真が数枚。

「これ誰の?」

「じいさんのかもな。ほら、この写真、昔の平泉の祭りっぽいぞ。」

「じゃあ、ほんとに平家の竹林だったのかも!」

真偽はわかりません。でも、子どもたちにとっては、それがほんとうでした。だいまじんの仲間たちは、伝説の竹林を守る竹の守人として、ますます誇らしげに活動を続けていきました。

竹林キャンドルナイトが始まるまで

「ねえ、聞いた?あの竹林、平家の末裔が守ってるんだって!」

「えっ、ほんと?なんかロマンある〜!」

そんなうわさが、山形市のあちこちでささやかれるようになったのは、ある秋の日のこと。だいまじんの子どもたちが描いた伝説の竹林マップが、町内の文化祭に展示されたのがきっかけでした。

地図には竹の精霊の住処、たけしおじいちゃんの小屋、そして大魔神の通り道と名づけられた小道が描かれていて、来場者はみんな「なにこれ、かわいい!」「行ってみたい!」と大盛り上がり。

その日から、竹林には見学者がちらほら訪れるようになりました。地元の小学校の先生が総合学習に使えそうと言い出し、町内会の役員さんが竹細工ワークショップをやろうと提案し、さらには市役所の職員までが地域資源として活用できるかもと視察に来る始末。

たけしおじいちゃんは、ちょっと照れくさそうに言いました。

「なんか、すごいことになってきたなぁ。でも、まあ、悪くないかもな。」

だいまじんのメンバーは、竹林を守る文化隊として活動を開始。竹の手入れをしたり、案内看板を作ったり、竹の歴史を調べてミニ冊子を作ったり。子どもたちは竹博士と呼ばれるようになり、地域の人たちに竹の豆知識を披露するのが日課になりました。

「竹って、1日に1メートル伸びることもあるんだよ!」

「えっ、そんなに?それって、魔法じゃん!」

そして、ある冬の日。だいまじんは竹林キャンドルナイトを開催しました。雪の積もる竹林に、手作りの竹灯籠を並べて、静かな音楽とともに過ごす夜。

その光景は、まるで昔話の世界。竹の間を歩く人々の顔は、どこかやさしく、どこか誇らしげでした。

「このまちって、いいなぁ。」

誰かがぽつりとつぶやいたその言葉が、だいまじんの活動の意味をそっと教えてくれたようでした。

きもだめし

秋の終わり、山形の空気が少しだけ冷たくなってきた頃、だいまじんのメンバーは竹林である計画を立てていました。

「肝試し、やってみない?」

「えっ、こわいやつ?」

「そう。でも、だいまじん流のこわくて、やさしい肝試し。」

舞台はもちろん、たけしおじいちゃんの竹林。昼間は光が差し込んで穏やかな場所も、夜になるとまるで別世界。道なき山道、落ち葉で滑る足元、どこまで行っても竹、竹、竹。子どもたちは参加前からそわそわしていました。

「ほんとに行くの?」「こわいよ〜」「でも、行ってみたい…!」

当日、子どもたちは懐中電灯をひとつだけ持って、2人1組で竹林へと入っていきました。道案内はなし。目印もなし。ただ、月明かりと竹のざわめきだけが頼り。

そして、竹の影から、

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「きゃーーーーーーっ!」

お化けの格好をした大人たちが、突然現れて驚かせます。白い布をかぶったのっぺらぼう、顔を真っ白に塗った竹の亡霊、そして、なぜかカボチャをかぶった迷子の魔神。

でも、子どもたちはすぐに気づきます。

「あっ、この声、たけしおじいちゃんだ!」

「えっ、あれって、ボランティアのゆうこさんじゃん!」

そう。怖いはずなのに、知ってる人に会えると、ほっとする。懐中電灯の光に照らされた顔が、見慣れた笑顔だったときの安心感。それこそが、だいまじん流の未来づくりでした。

「こわかったけど、楽しかった!」

「またやりたい!」

「次は、もっとこわくしていいよ!」

その夜、竹林には笑い声と足音が響きました。そして、最後にみんなで集まって、竹灯籠の火を囲みながら、たけしおじいちゃんがぽつりと話しました。

「未来ってのはな、こういうちょっとこわくて、ちょっと楽しいことの積み重ねなんだよ。」

子どもたちは、うんうんとうなずきながら、竹林の夜を見つめていました。

文化祭は学校だけのものじゃない

「ねえ、だいまじんって、文化祭とかやらないの?」

その一言を言ったのは、だいまじんに通う良太くん、13歳。中学2年生になって初めて体験した学校の文化祭に、彼はすっかり感動していました。

「ステージ発表も、模擬店も、展示もあって、すごく楽しかったんだ。だいまじんでも、やったらいいと思う!」

その提案に、メンバーたちは目を丸くしました。

「文化祭って、学校だけのものじゃないんだっけ?」

「いや、やってみようよ!だいまじん流の文化祭!」

そして、町内会の協力も得て、だいまじん主催の「まちの文化祭」が開催されることになりました。場所は、地域の公民館と、たけしおじいちゃんの竹林。準備はてんやわんや。でも、みんなの顔はワクワクでいっぱいでした。

たけしおじいちゃんは、もちろん竹とんぼ工作教室で参戦。

「今回は、飛距離アップバージョンもあるぞ!」

子どもたちは、竹を削って、羽を調整して、飛ばして、また削って、まるで職人のような集中力。

そして、今回の一番人気は、

スーパーボールすくい!

「えっ、なんでこんなに並んでるの?」

「だって、すくったボールが光るんだよ!」

「しかも、すくい網が竹製って、なんかレア感ある!」

知らない大人たちも、子どもたちに混じって列に並び、笑いながらすくい網を破っては「もう一回!」と再挑戦。だいまじんのメンバーは、そんな光景を見て、胸がいっぱいになりました。

「なんか、すごいことになってるね。」

「うん。これって、未来づくりだよね。」

文化祭の最後には、良太くんが司会を務める未来の山形市を考えるミニトークが開かれました。テーマは「ぼくらのまちに、あったらいいな」。

「竹の遊園地!」「おばあちゃんと一緒に暮らせる家!」「だいまじんの学校!」

子どもたちの夢は、どれもキラキラしていて、どこか本気でした。大人たちは、そんな声に耳を傾けながら、静かにうなずいていました。

「このまち、まだまだ面白くなるな。」

そう思った人が、きっとたくさんいたはずです。

お仕事にもつながったボランティア活動

文化祭の熱気が冷めやらぬまま、だいまじんは次なる挑戦へと動き出していました。

「NPO法人として、もっと地域に貢献できることってなんだろう?」

そんな声が、メンバーの間で交わされるようになった頃——近所にある就労支援B型事業所たんたんさんから、ひとつの提案が届きました。

「だいまじんさんと一緒に、仕事を請け負ってみませんか?」

たんたんは、障がいのある大人たちが働く場所。封入作業や清掃、手作り品の制作など、地域の仕事を丁寧にこなしていました。でも、もっと多くの人に関わってもらいたい——そんな思いがあったのです。

だいまじんは、すぐに動きました。

「よし、やってみよう!」

最初に請け負ったのは、地域のイベントで使うチラシの封入作業。だいまじんの子どもたちとボランティアが、たんたんのメンバーと一緒に並んで、黙々と手を動かしました。

「これ、折るのむずかしいね。」

「でも、たんたんの人たち、すんごく丁寧!」

「うん。なんか、仕事ってかっこいい。」

その日から、だいまじんとたんたんは、しごとの魔法チームとして、地域のさまざまな仕事を一緒にこなすようになりました。竹林の整備、イベントの設営、手作り雑貨の販売。それぞれが得意なことを持ち寄って、ひとつの仕事を完成させていく。

そして、何よりうれしかったのは、

「だいまじんと一緒に働くと、楽しいよね。」

たんたんのメンバーたちが、そう言ってくれたことでした。

だいまじんは、子どもたちの居場所であり、遊び場であり、学びの場であり、そして今、働くことの意味を知る場所にもなっていたのです。

「未来のまちって、こういうことかもね。」

誰かがぽつりとつぶやいたその言葉に、みんながうなずきました。

(とさ、おしまい)

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