
仙台駅前の材木店で働く一人の母・みくが、子どもたちの笑顔のために始めたサンタ工房第2出張所。木のおもちゃと木育を通じて、地域と心をつなぐ6年間の物語です。
木育ママ、みくのひらめき
仙台駅前の喧騒を背に、みく(42)は軽ワゴンのハンドルを握っていた。PTA役員会の帰り道、車内にはラジオの音もなく、ただエンジン音と、みくの頭の中のもやもやが静かに回っていた。
「食育って最近よく聞くけど、木育ってあってもいいんじゃない、食育と同じくらい大事かも?」
ふと浮かんだその言葉に、自分でも驚いた。木育。森を大切にする心。国産材の未来。材木店の受付で日々、納品書とにらめっこしているみくだからこそ、気づいたことだった。
「このままじゃ、うちの店も、森も、ビー玉コロコロも消えちゃうかも」
ビー玉コロコロ。それは、長女が3歳の誕生日に、近所の木工職人さんからもらった手作りのおもちゃだった。木のかごの中でビー玉がコロコロと転がるだけの、シンプルな構造。でも、子どもたちは夢中になって遊び、みくもその音に癒された。
「木のおもちゃ屋さん、やってみたいかも」
その瞬間、車のウィンカーがカチカチと鳴り始めた。信号待ちの交差点。目の前には、駅前の古びたビル。かつては喫茶店だったが、今は空きテナントになっている。
「あそこがサンタさんの工房だったりしたら、どうかな」
口に出してみて、みくは思わず笑った。サンタ工房第2出張所。第1出張所がどこにあるかは知らない。でもここ仙台で、木のおもちゃを通じて子どもたちに夢を届ける場所があったら。それはきっと、サンタさんの仕事に違いない。
帰宅したみくは、夕飯の支度をしながら、冷蔵庫のマグネットにメモを貼った。
木のおもちゃ屋さん
名前:サンタ工房第2出張所。場所:駅前の空きテナント。
やること:ビー玉コロコロ、木育、夢。
そのメモを見た次女(中2)が言った。
「ママ、サンタって、木でできてるの?」
みくは笑って答えた。
「うん、たぶんね。心も、プレゼントも、木のぬくもりでできてるのよ。」
空き店舗あります
仙台駅から歩いて12分。繁華街のどまんなか、ちいさなマンションビルの1階に空き店舗ありますの看板が出ていた。みくは、PTAの資料を返しに行く途中でそれを見つけた。
「常盤不動産。電話してみようかな」
その日の夕方、材木店の帳簿を閉じたあと、みくはこっそり電話をかけた。
「すみません、みどりスーパーの隣の空き店舗、家賃っておいくらでしょうか?」
電話口の担当者は親切でみくの希望を聞いたあと、別の物件を紹介してくれた。それが、地下道入り口近くの空き店舗で家賃は12万円。駅からも近く、子ども連れでも来やすい立地だった。
「ここならビー玉コロコロとか、置けるかも」
みくは即決した。といっても、契約書にサインしたのは翌々月の2月だった。サインする手の震えを、担当者は、寒いですねと笑ってごまかしてくれた。
秘密の準備期間
それから3か月間、みくはサンタ工房第2出張所の準備を、誰にも言わずに進めた。看板は材木店の端材で自作した。店の職人さんに、学校の工作で、と頼んでこっそり切ってもらった。商品は市内の木工職人に手紙を出して仕入れた。子どもたちに木のぬくもりを届けたいと書いた手紙に、何人かが感動して協力してくれた。
開店資金は、みくのへそくりと、材木店の経費節約で捻出した。夫は、今月はちょっと厳しいねと言いながらこっそり看板代を支払った。
開店の日
開店日はちょうど春の終わり。仙台の街に、桜の花びらが舞っていた。店の前には、木でできた小さな看板があった。みくは、店の鍵を開けながら、胸がいっぱいになった。
「誰かに言いたいけど、まだ内緒にしておこう」
その瞬間、背後から声がした。
「みくさん!?ここって、えっ、何これ、かわいい!」
振り返ると、ママ友のみわが、スーパーの袋を抱えて立っていた。みくは、しばらく黙ってから、笑って言った。
「サンタさんの出張所なの。たまに夢を届けに来てくれるのよ。」
みわは目を丸くして言った。
「え、じゃあ私、トナカイ役がいいわ!」
貧乏ヒマなし、でも心は満タン
開店から数ヶ月。みくは木のおもちゃだけでは商売が続かないことをよくわかっていた。
「かわいいけど、ひとつ買ったら終わりなのよね」
とある日のお客さん。確かにその通りだった。木の椅子や積み木は長く使える。だからこそリピーターにはなりにくい。
「だったら、遊びに来てもらえばいいんだわ」
夏休みの木工教室、開講!
夏休み。みくは夏休み木工教室を始めた。初回のテーマは「マイ箸を作ろう!」。店の奥にある小さな作業スペースに、子どもたちが集まった。ある日、近所の小学3年生の女の子が、母親と一緒にやってきた。
「この子、メグミといいます。メグミの転校しちゃった親友と一緒に参加させていただけませんか?」
それから、ちょうど1週間後の8月初旬、見ると、少し離れたところに、照れくさそうに立つ別の女の子。2人は目が合うと、ぱっと笑ってみくのもとへ駆け寄った。
「久しぶりー!」
「元気だったー?」
その日の木工教室は笑い声と木の香りに包まれていた。完成したマイ箸を並べて2人とみくは水筒の麦茶で、かんぱーい! みくはその様子を見て胸がじんわりと温かくなった。
「こういうのが、やりたかったのよね」
木の仕事、なんでもやります!
一方で生活は相変わらずギリギリだった。おもちゃだけでは家賃も光熱費もまかなえない。だから、みくは木のことなら何でもやろう!と決めた。材木店の納品を手伝い、机や棚もひとりで運んだ。
その中のある工務店の社長さんが、NC加工(数値制御で木を削る機械)を扱う作業所を紹介してくれた。そこから、棚や看板の注文が舞い込むようになった。近所のカフェから木のメニューボード作れます?と頼まれ、夜なべして焼きペンでロゴを描いたりもした。
自分の城という場所
忙しさは増すばかり。朝は子どもたちの弁当、昼は店番、夕方は納品、夜は帳簿と発注。気づけば、夕飯は3日連続でレトルトカレー。でも、みくは不思議と疲れていなかった。
「ここが、私の城なんだなあ」
店の片隅に置いた小さなソファに腰を下ろし木の香りに包まれながら、ふと、みくは思った。誰にも邪魔されず自分の好きなものを並べて、子どもたちの笑顔を想像しながら仕事ができる場所。それは、子どものころから想像もしていなかった、いわば自分の居場所だった。
運転できなくても、心は走る
それは、夏の終わりの夕方だった。納品帰りのみくは、いつものように軽ワゴンを運転していた。頭の中では次の木工教室の企画を考えていた。
「ビー玉コロコロの進化版。今度は木の迷路なんてどうかな?」
その瞬間、ゴンッ! 気づいたときには、車が道路わきの縁石に乗り上げていた。エアバッグは開かず、けがもなかった。でも車の前輪は曲がり、エンジンはうんともすんとも言わない。
廃車と、心のブレーキ
「ああ、やっちゃった」
警察と保険会社に連絡し、夫にも報告。材木店の職人さんが、まあ命があってよかったよと言ってくれたけれど、みくの心にはブレーキがかかってしまった。
「もう、運転するのも怖い。できない」
でも納品は待ってくれない。棚の注文、木のパーツ、教室の材料。どうしようかと悩んでいたとき、一本の電話が鳴った。
「みくちゃん、事故の話、若いもんから聞いたよ。納品、近所ならうちで持ってくよ。塩釜くらいまでなら、全然平気」
それは、丸棒や角材を仕入れている会社の社長さんだった。豪快で、ちょっと口が悪いけど、木のことになると誰よりも熱い人。
「うちのトラック、空いてるときに運ばせるから。どうせ暇してるし」
みくは、電話口で泣きそうになった。
「ありがとうございます。ほんとに、助かります」
宅急便と、声のぬくもり
それから、近所の納品も宅急便を使うようになった。伝票を書いて、梱包して、集荷を待つ。便利だけど、顔を合わせる機会は減った。だから、みくは電話やメールで、できるだけお話するようにした。
「この棚、使い心地どうですか?」
「ビー玉、転がりすぎてませんか?」
「今度、木工教室で木の楽器作るんです。よかったら見に来てください」
相手の声を聞くと、木のぬくもりが伝わってくる気がした。
走れないからこそ見えた景色
事故から3ヶ月。みくは店の奥に木の相談コーナーを作った。納品に行けない代わりに、来てもらう場所を作ったのだ。ある日、社長さんが角材を持ってきてくれた帰りに、ぽつりと言った。
「みくちゃん、あんたの店、なんか木の診療所みたいになってない?」
みくは笑って答えた。
「じゃあ、私は木のお医者さんですね。処方箋は、ビー玉コロコロ?」
間に合わなかったプレゼント
12月初旬。仙台の街は、イルミネーションが灯り始めていた。みくの店にも木のオーナメントが吊るされ、ビー玉迷路の坂道に小さなサンタが乗っていた。その頃、大学病院の小児科に入院していたのが、ともこ(12歳)。喘息の発作がひどく、年末年始も病院で過ごすことになっていた。
ともこの母親は、ネットで木のぬくもりが伝わるおもちゃを探していた。そして見つけたのがサンタ工房第2出張所の木のパズルだった。
「この子だけじゃなくて、病院で一緒に過ごす子たちにも、何かしてあげたいんです」
注文は全部で9個。12月24日のクリスマス会に間に合うように、とのことだった。
新作:テトリス風立体パズル
みくは、すぐに製作に取りかかった。ままごとセット、ミニチュア家具、ドールハウス、がらがら、新幹線。これまで作ってきたものの集大成として、今回はテトリス風の立体パズルを思いついたのだ。
木のブロックを組み合わせて立体の形を作る。色は自然の木の色を活かし白黒になるように。手触りもやさしく。病院のベッドでも遊べるよう、軽くて安全な設計。
職人さんに図面を渡し、急ぎでお願いします!と頼んだ。
職人さん、コロナでダウン
ところが数日後。職人さんから電話が入った。
「ゲホゲホ。すみません、みくさん、病院で検査したら、コロナだったらしくて。熱はさがってるんだけど、仕事にいけそうにない」
「大丈夫なの?無理をしないでね。お熱は何度なの?」
「38度6分」
「だめよだめよ、お願いだから来ないで」
みくは言葉を失った。職人さんは健康が第一。でも、クリスマス会まであと10日。代わりの職人も見つからない。自分で作るには時間が足りない。
「どうしよう、どうしたらいいの。考えてても無駄だから、自分でやってみるしかないか」
ともこの母親に謝罪の訪問
みくはまず、手土産に小さな木のオーナメントを持って、ともこの母親を訪ねた。
「本当に申し訳ありません。職人さんが倒れてしまって。どうしても間に合わないんです」
母親はしばらく黙ってから静かに言った。
「そうなんですね。でも、気持ちは、もう届いてますよ。ともこ、サンタさんが作ってるのはパズルらしいわよっていったら、すごく楽しみにしてたんです。みんなと遊ぶって」
みくは、涙がこぼれそうになった。
「ごめんなさい。まるで自分の子だけクリスマスプレゼントをもらえなかったみたいに悲しくて」
ともこの母親はそっとみくの手を握った。
「みくさんはサンタさんですよ。遅れてもちゃんと届けてくれるって子どもたちも私も信じてます」
お年玉よりぬくもりを
2026年1月1日、午前6時43分。仙台の大学病院の正面玄関はまだ閉まっていた。冷たい空気の中、みくは両手に紙袋を抱えインターフォンの前に立っていた。
「すみません、C棟の小児科に入院しているスミヤマトモコさんにお届け物があってまいりました。入口がわからなくて」
インターフォン越しに応答した警備員は裏口に回るよう案内してくれた。面会者ノートに名前と訪問時間、用件を書き込むと、そこには今年最初の訪問者、と備考欄に記された。
「こんなに早く来なくてもよかったんですけど」
みくは少し照れくさそうに笑った。けれど思い出したのは元旦の朝に年賀状を探して郵便受けまで走る子どもたちの姿。お年玉をもらうために早起きするのが子どもというものだ。
ロビーでの再会
当直の看護師さんに事情を話すと、すでにともこさんのお母さんから連絡が入っていた。
「ナースステーション前のロビーでお待ちください。あと10分くらいで来られるそうです」
ロビーにはまだ誰もいない。静かな病院の朝。みくは、ラッピングされたパズルの袋をそっと膝に置いた。やがて、ともこのご両親が現れた。みくは深く頭を下げた。
「本当に、クリスマスに間に合わなくて、申し訳ありませんでした。それにこんなに朝早く。」
ともこの母親は、優しく微笑んだ。
「いえ、みくさん。あの子ずっと楽しみにしてたんです。入院中に友達と遊びたいって」
みくは、きれいに包んだテトリス風の立体パズルを手渡した。ご両親はそれを看護師さんに託し、病棟の子どもたちに分けてもらえるようにお願いしてくれた。
難しいけど、楽しいパズル
そのパズルは木のブロックを組み合わせて立体を作るもの。一度ばらすと、なかなか元に戻せない。でも、子どもたちは夢中になって挑戦する。
「できたー!」
「あれ、白と黒があってないよ!」
そんな声が病棟に響いたらしい。成人の日の連休に、みくのもとに一通のメールが届いて知った。添付されていたのは、病院で過ごす子どもたちの笑顔の写真。パズルを囲んで笑っているともこさんの姿もあった。
「みくさん、本当にありがとうございました。あの子たち、最高のお正月になりました」
みくは、写真を見ながら、そっとつぶやいた。
「そうよね、子どもたちのためになることなら、何でもやりたい」
それが、サンタ工房第2出張所の新しい決意だった。
エピローグ:サンタ工房は今日も稼働中
仙台の街角。小さな店舗の窓には、手書きのポスターが貼られている。
木のおもちゃと、木育のひらめき
〜遅れて届く夢も、それもまた、夢です〜
みくは、店の奥で新しいパズルの試作品を組み立てながら、ふと思った。
「次は、木のカレンダーでも作ろうかな。日付をめくるたびに、ちょっとした仕掛けがあるやつ」
その声に、ママ友のみわが笑いながら答えた。
「じゃあ私は木の福笑い担当ね!」
サンタ工房第2出張所は今日も稼働中。子どもたちの笑顔を乗せて、ビー玉コロコロ、笑いと夢を届けている。










