長岡の風③

長岡の風③ 職場・家族
長岡の風③

信介は静かに頷いた。(そうだな。人生は戦いじゃなくて、楽しむものだ)長岡の夜風が、信介の肩の力をそっと抜いていった。

伝染

ある日の夕方。信介が悠々と長岡駅前のベンチで缶コーヒーを飲んでいると、美咲がまた走ってきた。

「パパ!また大変!」

「また火事か?」

「だから。火事じゃないってば!恋愛!」

「恋愛は火事みたいなもんだて」

美咲は頬を赤くして言った。

「この前断った先輩がね。無理に頑張らなくていいから、気が向いたらご飯行こうって言ってきたの」

「ほう、そいつはなかなか抜けてるな」

「抜けてるって褒め言葉なの?」

「俺の中では最高級の褒め言葉だて」

美咲は照れながら言った。

「なんかねその言い方、ちょっといいなって思っちゃった」

信介は笑った。

「頑張らんでいい恋愛は、だいたい長続きする」

「パパ、なんでそんなに恋愛に詳しいの?」

「俺も昔は頑張りすぎて失敗したからだて」

「また逃げられた話?」

「全力疾走でな」

美咲は吹き出した。

「パパのゆるさ、最近ちょっと好きかも」

「それはよかった」

美咲は少し嬉しそうに帰っていった。

(恋愛も人生も、力を抜いた方がうまくいくんだわ)

翌日。信介が長岡駅のスタバでコーヒーを飲んでいると、見知らぬ若者3人が近づいてきた。

「すみません。なんとかなるおじさんですよね?」

(なんとかなるおじさん?)

「昨日、友だちが相談したって聞いて。僕らも相談していいですか?」

信介は苦笑した。

「俺でいいのか?」

「はい。なんか安心するんです」

(俺のゆるさ、そんなに安心感あるのか?)

若者たちは口々に悩みを話し始めた。

「仕事が向いてない気がして」

「転職したいけど勇気がなくて」

「彼女に嫌われたかもしれなくて」

信介は言った。

「辞めたかったら辞めればいいし、辞めたくなかったら辞めんでいい。嫌われたと思ったら聞けばいいし、聞きたくなかったら聞かんでいい」

若者たちは目を丸くした。

「なんか、スッとしました」

「なんでそんなに簡単に言えるんですか?」

「簡単に言わんと、人生が難しくなるんだわ」

若者たちは深々と頭を下げて去っていった。信介は思った。(俺のゆるさ、長岡の若者にまで伝染してきたな)

その週の金曜日。信介は長岡駅前のベンチに座っていた。すると、

「すみません、相談いいですか?」

「ちょっと聞いてほしいんですが」

「人生に迷ってて」

「なんとかなるって本当ですか?」

次々と人が来る。

(なんだこれ俺、無料相談所か?)

松田が通りかかり、爆笑した。

「信介、お前、ついに長岡のゆるい仙人になったな」

「仙人って」

美代子も来た。

「信介、人気者じゃん。でも相談聞きすぎると疲れるよ?」

「疲れたら帰るから大丈夫だて」

高志が言う。

「嫌な相談は断ればいいんだわ」

春江が言う。

「深刻な相談は聞かんでいいよ」

信介は笑った。

(俺の周り、濃いな)

その日の夜。信介は家で枝豆をつまみながらテレビを見ていた。そこへ恵子が言った。

「信介、ちょっと話があるの」

「なんだ、離婚か?」

「違うわよ!」

恵子は呆れながら言った。

「あなた、最近ゆるくなったのはいいけど、家の中のいらないものも整理してくれない?」

「いらないもの?」

「あなたの部屋、昔の書類とか、使ってない趣味の道具とか。頑張ってた頃の遺産が山ほどあるのよ」

信介は部屋を見た。

  • 若い頃の仕事の資料
  • 使っていないゴルフクラブ
  • 途中で飽きた英語教材
  • 買っただけの筋トレ器具
  • 今年こそ頑張ると書かれた手帳(未使用)

(確かに多いな)

恵子が言った。

「人生の引き算って言ってるんだから、物も引き算しなさい」

信介は深呼吸した。

「そうだな。俺、頑張ってた頃の残骸を抱えすぎてたかもしれん」

恵子は微笑んだ。

「抜いて生きるなら、物も抜きなさい」

信介は頷いた。(人生の引き算ここにもあったか)

翌日。信介は部屋の片付けを始めた。

  • 昔の資料→捨てる
  • 英語教材→捨てる
  • 筋トレ器具→高志にあげる
  • ゴルフクラブ→松田に押しつける
  • 未使用の手帳→美代子に渡す(美代子は笑って受け取った)

部屋が驚くほどスッキリした。信介は思った。(物を捨てると、心も軽くなるんだな)

恵子が言った。

「信介、いい顔してるよ」

「抜けてる顔か?」

「抜けてるけど、いい顔よ」

信介は笑った。

「まあ、なんとかなるわ」

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