
「この家、カフェにしたら素敵かもね」
それは、尾道の坂道を登りきった先にぽつんと佇む、築70年の古民家を見たときの、ふとしたひとことだった。
誰も住まなくなって久しいその家には、静かな時間と、どこか懐かしい匂いが漂っていた。
この記事は、そんな一軒の古民家が「カフェ」になるまでの物語。
夢を描いた人が、現実と向き合いながら、少しずつ形にしていく過程を、小説風に綴りました。
古民家カフェを始めたいと思っているあなたへ。
これは、あなたの物語のはじまりになるかもしれません。
尾道の古民家
「尾道市 古民家」
スマホで検索すると、画面いっぱいに空き家の写真が並んだ。
リョウはその中から、「0円」の物件ばかりを探していた。
何かを始めようと思ったわけじゃない。
でも、何かを始めたい気持ちは、ずっと前からあった。
「ビジネスって、どうやって始めるんだろう」
知識も経験もない。
でも、拠点があれば、何かが動き出すかもしれない。
そう思って、古民家に目を向けた。
実家は尾道市内の松永寄り。
すでに過疎が進んでいて、空き家も多かった。
でもリョウは、観光客の多い尾道市内で挑戦したかった。
「誰かが通る場所で、何かを始めたい」
それが、唯一の希望だった。
宅急便の配達員として働いていた頃、リョウは毎日走り回っていた。
時間外労働が問題になる少し前、疲れ果てて仕事を辞めた。
辞めたあと、何もすることがなかった。
でも、何かを始めたい気持ちだけは、消えなかった。
「古民家って、空っぽだな」
そう思ったとき、自分の心も空っぽだと気づいた。
でも、空っぽだからこそ、何かを入れられる。
何かを始められる。
ゼロ円の古民家。
ゼロからの出発。
それは、リョウにとって「自分を使ってみる」ための第一歩だった。
カフェという言葉の響きに惹かれて
尾道の空き家
「カフェって、なんかいいな」
古民家の写真を見ながら、ふとそう思った。
コーヒーが好きなわけでもない。
接客が得意なわけでもない。
でも「カフェ」という言葉には、何かあたたかい響きがあった。
「カフェって、誰かが来てくれる場所だよな」
そう思ったとき、リョウは少しだけ胸が熱くなった。
仕事を辞めてから、誰かとゆっくり話すことが減った。
宅急便の配達員だったころは、毎日何十人もの人と顔を合わせていた。
でもそれは、挨拶と荷物の受け渡しだけ。
「話す」って、してなかったな。
古民家を借りるだけじゃ、何も始まらない。
何か名前をつけないと、誰も来てくれない。
「カフェ」って名前なら、誰かがふらっと来てくれるかもしれない。
それだけで、十分な気がした。
「カフェって、何を出せばいいんだろう」
コーヒー? 紅茶? それとも、手話?
手話。
そうだ、リョウは少しだけ手話ができる。
昔、福祉の研修で習ったことがある。
うまくはないけど、あの静かな会話が好きだった。
「手話とコーヒーのカフェ」
なんだか、いいかもしれない。
まだ何も決まっていない。
でも、名前があると、夢が少しだけ現実に近づく気がした。
カフェの売りは手話とコーヒーに決めた
「売るって、なんだろう」
古民家の掃除をしながら、リョウは考えていた。
カフェをやるなら、何かを売らなきゃいけない。
でも「売る」って言葉が、どうにも苦手だった。
「押しつけるみたいで、なんかイヤだな」
そう思っていた。
でも、ふと気づいた。
宅急便の仕事をしていたとき、リョウは毎日、荷物を届けていた。
それは「売る」じゃなくて「届ける」だった。
誰かが誰かに送ったものを、ただ丁寧に渡していた。
「もしかして、売るって、届けることなのかも」
そう思ったとき、少しだけ気が楽になった。
じゃあ、何を届けたいんだろう。
コーヒー? それとも、手話?
手話は、言葉じゃない言葉だ。
音がなくても、気持ちは伝わる。
リョウはそれが好きだった。
「手話とコーヒーのカフェ」
その言葉が、だんだん自分の中で馴染んできた。
メニューを考えるときも、「売れるもの」じゃなくて「伝えたいもの」を並べた。
・手話で注文できるコーヒー
・手話のミニレッスン
・静かな時間
「これ、売れるのかな」
不安はあった。
でも、「これなら、伝えられる」と思えた。
売ることは、伝えること
伝えたいことがあるなら、きっと誰かが受け取ってくれる。
お客さんが来ない日も、だれかは来ていた
カフェを始めて、最初の一週間。
誰も来なかった。
「まあ、そんなもんか」
そう思っていたけど、やっぱり寂しかった。
古民家の中は静かすぎて、時計の音がやけに大きく聞こえる。
コーヒーの香りだけが、空気に浮いていた。
「誰か来ないかな」
そう思って、外を見ても、誰も通らない。
でも、ある日。
店の前に、小さな花が咲いていた。
昨日はなかったはずだ。
「誰かが植えたのかな」
それとも、風に運ばれてきたのか。
どちらでもいい。
なんだか、誰かが来てくれた気がした。
ポストには、チラシの束。
近所の人が「よかったら使って」と置いてくれたらしい。
手紙もない。名前もない。
でも、気持ちは伝わってきた。
「世間って、こういうことかもしれないな」
見えないけど、ちゃんと来てくれてる。
応援してくれてる。
お客さんが来ない日も、誰かが見てくれている。
誰かが、そっと支えてくれている。
それに気づいたとき、リョウは少しだけ泣きそうになった。
でも泣かなかった。
代わりに、コーヒーをもう一杯淹れた。
「だれかのコーヒー」
そう言って、カウンターにそっと置いた。
誰も座っていない席に、湯気が立ちのぼった。
口コミで広めてくれるやさしさ
「最近、誰かがブログに書いてくれたみたいですよ」
近所のパン屋さんの店主が、そう教えてくれた。
「手話で注文できるカフェがあるって。うちにも聞きに来た人がいましたよ」
リョウは驚いた。
宣伝らしいことは何もしていない。
チラシも配っていない。SNSも苦手で、放置していた。
でも、誰かが来てくれた。
そして、誰かが誰かに伝えてくれた。
「口コミって、すごいな」
そう思った。
でも、もっとすごいのは、その人が「伝えたい」と思ってくれたことだ。
「このカフェ、誰かに知ってほしい」
そう思ってくれた気持ちが、何よりありがたかった。
それは、何かに似ている。
誰かの幸せを願って、そっと言葉を送る。
届くかどうかはわからないけど、信じて伝える。
リョウは、カウンターに立ちながら思った。
「マーケティングって、願い事みたいなことだな」
誰かの心に届くように、願いながら言葉を選ぶ。
それは、売るためじゃなく、伝えるため。
そして、伝えた人も、誰かの笑顔を願っている。
その連鎖が、カフェを育ててくれる。
「ありがとう」
リョウは、まだ見ぬ誰かに向かって、心の中でそう言った。
マーケティングの共通点
カフェを始めて、半年が過ぎた。
古民家の壁には、少しずつ色がついてきた。
お客さんが残していった言葉や笑顔が、空気に染み込んでいる気がする。
「よく続けられましたね」
そう言われることが増えた。
でも、リョウは「続けた」というより「気づいた」だけだった。
気づいたのは、自分の中にある「良さ」。
そして、まわりの人の中にある「良さ」。
手話ができること。
静かな空間をつくれること。
誰かの話を、急がずに聞けること。
それは、特別なスキルじゃない。
でも、誰かにとっては「ありがたい」ことだった。
そして、来てくれた人たちも、それぞれに良さを持っていた。
話し方がやさしい人。
笑い方があたたかい人。
沈黙を大事にする人。
「マーケティングって、結局は気づくことなんだな」
そう思った。
自分の良さに気づくこと。
まわりの良さに気づくこと。
それを、そっと伝えること。
周りのみんなも、きっとそういう存在なんじゃないか。
近くにいないけれど、ちゃんと見にきてくれている。
「あなたの良さに気づいてるよ」と、静かに伝えてくれる。
リョウは、カフェの看板を磨きながら思った。
「この場所が、誰かのための場所になったらいいな」
そして、今日もコーヒーを淹れる。
手話で注文する人も、言葉で注文する人も、どちらも大切なお客さん。
「いらっしゃいませ」
その言葉の中に、リョウの祈りが込められていた。
一発逆転させるマーケティング
あなたが思い描く「居場所」は、どんな風景ですか?
古民家カフェという選択肢が、誰かの心を温める場所になるかもしれません。
この物語が、あなたの一歩を後押しできますように。

