長岡の風⑦

長岡の風⑦ 職場・家族
長岡の風⑦

長岡駅前のベンチ。信介は缶コーヒーを開け、空を見上げていた。「さて、今日もなんとかなるわ」すると、ゆっくりと杖をついた男性が近づいてきた。70代後半、背筋は伸びているが、どこか寂しげな表情。

人生に迷う70代男性

「すまん。あんたがなんとかなるおじさんかね?」

(またその呼び名か)

信介は苦笑した。

「まあ、そう呼ばれてるらしいな」

男性は深々と頭を下げた。

「相談に乗ってくれんかね。わし、もう人生がわからんのじゃ」

「火事か?」

「火事じゃないわい」

男性は山本(78歳)と名乗った。

「わし、去年妻に先立たれてのう。子どもたちは東京で忙しくしとる。友達もぽつぽつ亡くなって。気づいたら、わし一人になってしもうた」

信介は静かにうなずいた。

「それは寂しいな」

「寂しいどころじゃないわい。朝起きても、やることがない。散歩しても、誰とも話さん。家に帰っても、誰もおらん。わし、これからどう生きればええんじゃ?」

信介は缶コーヒーをすすった。

「山本さん、これからどう生きるかなんて考えんでいいんだわ」

山本は目を丸くした。

「え?」

「考えても答え出んし、出たところで明日には忘れる」

「忘れるんかい」

「忘れるよ。人間は忘れる生き物だて」

山本は思わず吹き出した。信介は言った。

「山本さん、70代は生き方を決める時期じゃない。好きなことだけやる時期だて」

「好きなこと?」

「そうだて」

  • 食べたいものを食べる
  • 会いたい人に会う
  • 行きたい場所に行く
  • 昼寝したかったら昼寝する
  • 興味が動いたらやってみる

「これで十分だわ」

山本は眉をひそめた。

「そんな勝手に生きてええんか?」

「ええよ。70代は勝手に生きていい免許が自動的に発行されるんだわ」

「そんな免許あったんか」

「あるよ。俺が勝手に作った」

山本は吹き出した。しばらく沈黙したあと、山本はぽつりと言った。

「本当はのう、もう一度だけ、妻と行った寺泊の海を見たいんじゃ」

信介はうなずいた。

「ほう」

「でも一人で行くのは寂しいし、行ったら行ったで、思い出して泣いてしまいそうで」

信介は言った。

「泣いたらええんだわ」

山本は驚いた。

「泣いてええんか?」

「泣くのは悪いことじゃない。泣けるってことは、ちゃんと愛してた証拠だて」

山本の目に涙が浮かんだ。

「そうか。泣いてもええんか」

「ええよ。泣きながら海見たら、きっと奥さんも笑っとるわ」

山本は深くうなずいた。山本は立ち上がり、杖を握りしめた。

「信介さん。わし、行ってくるわ。寺泊の海に」

「いいね」

「泣いてもええんじゃな?」

「泣いてええよ。泣きながら海鮮丼食ってもええ」

「海鮮丼は泣きながら食いたくないわい!」

信介は笑った。

「なんとかなるわ」

山本は笑顔で言った。

「なんとかなるな。ありがとう、信介さん」

そして、ゆっくりとした足取りで駅へ向かっていった。山本が見えなくなると、信介はベンチにもたれた。

(人生はな。若い頃より、年を重ねてからの方が自由なんだわ)

長岡の風が、信介の頬を優しく撫でた。

「さて、今日もなんとかなる一日だったわ」

信介は立ち上がり、ゆっくりと家路についた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました