
新宿の会社を出ると、甲州街道沿いの街路樹がやけに派手に光っていた。電飾が枝に絡みついて、まるで都会の木が「俺だってまだ若いんだ」と言わんばかりにピカピカしている。マサヤは思わず足を止めて、ふうっと息を吐いた。冷たい空気が白く煙って、少しだけ自分が映画のワンシーンに紛れ込んだような気がした。
イルミネーションと沈黙の夕食
「クリスマスか」
口に出すほどでもない独り言を胸の奥でつぶやきながら、マサヤは人の波に押されるように家路についた。
家に帰ると、風呂上がりのみかがダイニングテーブルの指定席に腰を沈めていた。髪はまだ湿っていて、テレビの光に反射してきらきらしている。ちょうど夜九時からの恋愛ドラマが終わるところで、主人公が泣き笑いしながら別れを告げる場面だった。
マサヤは食卓に座り、湯気の立つ味噌汁をすすりながら、黙ってそのドラマを見た。みかも何も言わない。ただ、二人で同じ方向を向いて、同じ映像を眺めている。
妙にくすぐったい。夫婦なのに、まるで学生時代に下宿のテレビを一緒に見ているような、そんな照れくさい沈黙だった。
「なんだか、悪くないな」
心の中でそうつぶやいた瞬間、マサヤは箸を持つ手を少しだけ止めた。外のイルミネーションよりも、家の中のこの静けさの方が、ずっと派手に胸に灯っている気がした。
クリスマスケーキ予約騒動
翌日の夕方、マサヤが帰宅すると、リビングからみかの声が飛んできた。
「ねえ、クリスマスケーキ、予約した?」
マサヤはコートを脱ぎながら、少し面倒くさそうに答えた。
「会社の帰りに買えばいいだろ。どこもケーキくらい置いてるさ」
その瞬間、みかの眉がぴくりと動いた。
「そういうこと言うから、毎年売り切れでコンビニのショートケーキになるのよ!」
マサヤは「別にコンビニでもうまいじゃないか」と反論しかけたが、みかの目がすでにどこからでもかかってこいモードに入っているのを察して、口をつぐんだ。
そこへ大学生の娘ユイが帰宅。イヤホンを片耳にぶら下げたまま、鞄をソファに放り投げる。
「なに?ケーキ戦争?」
みかが「お父さんが予約しないって言うのよ!」と訴えると、ユイはスマホを取り出し、指をすばやく動かした。
「じゃあ私がネットで予約してあげる。ほら、今なら限定チョコレートケーキも残ってる」
マサヤは「そんなに急がなくても」とつぶやいたが、ユイは画面を見せながらニヤリと笑った。
「父さん、こういうのはスピード勝負なの。ほら、もう残りわずかって出てるし」
みかは満足げにうなずき、マサヤは肩をすくめた。
「なんだか俺が悪者みたいだな」
その夜、食卓にはまだケーキはないのに、家族の間には妙に勝ち誇ったような空気が漂っていた。マサヤは味噌汁をすすりながら、心の中でぼやいた。
「クリスマスってのは、ケーキをめぐる小競り合いから始まるもんらしい」
サンタ役をめぐる攻防
近所の公民館から「クリスマスパーティのお知らせ」が回ってきた。赤い紙にでかでかと「サンタ募集」とも書いてある。
夕食の席でみかがその紙をテーブルに置いた。
「ねえ、今年のサンタ、あなたがやったらどう?」
マサヤは箸を止めて、むっとした顔をした。
「俺が?もう52だぞ。サンタなんて、もっと若い奴がやればいいだろ」
すると高校生の息子リクがニヤニヤしながら口を挟んだ。
「父さん、年齢的にはむしろピッタリじゃん。白髪も増えてきたし、貫禄あるし」
大学生の娘ユイもスマホをいじりながら笑った。
「衣装も貸してくれるんだって。父さんがやったら絶対ウケるよ。インスタ映えするし」
マサヤは「インスタ映えってなんだ」とぶつぶつ言いながらも、結局押し切られる形でサンタ役を引き受けることになった。
そして当日、公民館の控室。
赤い衣装に袖を通した瞬間、ボタンがひとつ、ぷちんと飛んだ。
「おいおい、縫製が甘いんじゃないか?」とマサヤは言ったが、鏡に映った自分の姿を見て、言葉を失った。
腹が、出ている。
いや、出ているどころではない。衣装の赤い布が中性脂肪の丘に押し上げられて、まるでサンタの袋を前に抱えているように見える。
「これは、俺の腹だな、原因は」
マサヤは思わずつぶやいた。
その瞬間、控室のドアが開いて、みかと子どもたちが顔をのぞかせた。
「父さん、似合う!」「本物のサンタみたい!」
笑い声がどっと広がる。マサヤは苦笑しながら、腹をさすった。
「まあ、サンタってのは腹が出てるくらいでちょうどいいのかもしれん」
そう言ってステージに向かう足取りは、妙に軽かった。
家族でイルミネーションツアーの散歩
クリスマスパーティのサンタ役をなんとかこなした翌週、みかが言った。
「せっかくだから、みんなでイルミネーション見に行こうよ」
マサヤは「会社帰りにもう見た」と言いかけたが、子どもたちの目がすでにキラキラしているのを見て、抵抗するのをやめた。結局、家族四人で夜の街、新宿へ繰り出すことになった。
甲州街道沿いの並木は、電飾でぎらぎらしていた。まるで都会の木々が「俺たちも派手にやってるぜ」と自慢しているようだ。マサヤはその光を見上げながら、ふと会社帰りに一人で眺めた時のことを思い出した。あの時は少し寒々しかったが、今は家族の笑い声が混じって、やけに温かい。
リクがスマホを構えて「ほら、父さん、こっち向いて!」と写真を撮ろうとする。
「顔が暗い!もう一回!」
「父さん、笑って!」
「いや、笑えって言われてもな」
何度も撮り直すうちに、みかが「もう、私が撮る!」とスマホを奪い取り、ユイが「母さんの方がブレてるじゃん!」と突っ込む。結局、まともな写真は一枚も撮れず、最後はみんなで大笑いになった。
イルミネーションの光は冷たいはずなのに、その笑い声が街灯よりも明るく響いていた。マサヤは心の中でつぶやいた。
「やっぱり、家族と一緒に見る方がずっときれいだな」
その瞬間、イルミネーションはただの電飾ではなく、家族の笑顔を照らす舞台装置に見えた。
クリスマスディナーの珍事件
クリスマス当日の夕方。マサヤの家では、チキンを電子レンジ(オーブン機能付き)に入れて「さあ、あとは焼くだけだ」と意気込んでいた。ところが温度設定を間違えたらしく、電子レンジからは煙がもくもく。
「ちょっと!燃えてるんじゃない!」とみかが叫ぶ。
「いや、これはスモーク風味だ!」とマサヤは強がった。
電子レンジから煙が出る主な原因は、庫内の汚れ、食品の加熱しすぎ、電子レンジの不具合です。庫内に付着した食べかすや油汚れが加熱されて焦げ付いたり、水分が少ない食品や油脂成分の多い食品を過熱しすぎたりすると煙が発生します。また、オーブン機能の初期使用時に、加工に使われた油が焼けて煙が出る場合もあります。 Google検索より
そこへ、近所の佐藤さんの奥さんがケーキを抱えてやってきた。
「公民館の仲間で分けようと思ったけど、余ったから持ってきたわよ」
続いて、公民館のクリスマス会で一緒だった中村さん夫婦も登場。
「サンタさん役、お疲れさまでした!腹の出具合が最高だったよ!おっと、これは失礼!」と笑いながら、ワインを差し出す。
「来年もオファーが来るんじゃない?」
リビングは一気に賑やかになった。焦げ目のある茶色のチキンを囲んで、近所の人たちが「これはこれで香ばしい」と言い合い、ユイはスマホで写真を撮って「#焦げたクリスマスチキン #父さんの挑戦」とSNSに投稿。なぜか「いいね」が次々とついていく。
リクは「父さん、来年は料理教室に通った方がいいんじゃない?」と茶化し、みかは「まあ、黒いけど味は悪くないわ」とフォロー。
結局、焦げたクリスマスチキンと近所から持ち寄られたケーキやワインで、即席のクリスマスディナーが完成した。公民館仲間の笑い声と、家族のツッコミが入り混じって、煙の匂いすらお祭りの香りに変わっていった。
マサヤはグラスを掲げながら、心の中でつぶやいた。
「料理は失敗しても、笑いがあれば成功だな」
沈黙の意味と家族の笑顔
クリスマスの夜。公民館の仲間が帰ったあと、リビングには家族四人だけが残った。テーブルの上には、骨だけになったチキンの残骸と、半分食べ残りのケーキ。ワインのグラスがいくつも並んでいて、少しだけ宴の余韻が漂っていた。
マサヤはソファに腰を下ろし、ふうっと息をついた。外ではまだイルミネーションが瞬いている。窓越しに見える光は、昼間よりも柔らかく、まるで家族の笑い声を吸い込んで輝いているようだった。
みかがテレビをつけると、ちょうど夜九時の恋愛ドラマが始まった。ユイとリクもそれぞれスマホをいじりながら、結局みんなで同じ画面を眺める。誰もしゃべらない。けれど、その沈黙は不思議と心地よかった。
マサヤはふと、自分の腹を撫でた。サンタ衣装に押し出された中性脂肪の丘を思い出して、苦笑する。
「まあ、腹が出てても、こうして笑ってくれる家族がいれば十分だな」
その言葉に、みかが「何か言った?」と振り向いた。
「いや、なんでもない」
マサヤは照れくさそうに笑った。
その瞬間、ユイが「父さん、笑ってる顔、意外といいね」と茶化し、リクが「来年もサンタ頼むわ」と追い打ちをかける。みかは肩をすくめて笑い、リビングにまた笑い声が広がった。
外のイルミネーションよりも、家の中の笑顔の方がずっと明るい。沈黙も、笑いも、全部ひっくるめて家族という灯りなのだ。
こうして、マサヤのクリスマスは静かに、そして温かく幕を閉じた。
あとがき
マサヤのクリスマスは、特別な出来事がなくても、家族と近所の人たちが集まるだけで十分に輝きました。イルミネーションよりもまぶしいのは、やっぱり人の笑顔なのだと思います。
読んでくださった皆さんの毎日にも、小さな笑いと温かい沈黙が灯りますように。










