長岡市の総合病院。夜勤のナースステーションは、深夜2時でも静かにならない。点滴のアラーム。ナースコール。廊下の足音。その中で、ユリ(看護師17年目・36歳)は、ふとスマホを取り出した。(雄大、今ごろ寝てるよね)
メッセージ

夫・雄大は営業マン。関東全域を車で回る仕事で、外食が多い。ユリは迷った。こんな時間に送るべきか。でも、今日の患者さんを見て、どうしても伝えたくなった。
(言うか迷ったけど、深夜だから書く)
ユリは、雄大にメッセージを打ち始めた。
翌朝。雄大は車の中で、缶コーヒーを開けながらスマホを見た。
「うわ、長文」
ユリからのメッセージは、いつになく真剣だった。
《看護師17年やってきてね、脳卒中で運ばれてくる人を何百人も見てきたの。その中で、一番多かった共通点があるんよ》
雄大は身を乗り出した。
《認知症でも、ストレスでも、運動不足でもない。塩分の摂りすぎだった》
「塩分?」
さらに続く。
《しかもね、9割の人が自分はそんなに塩辛いもの食べてないって言うの。でも、パン・ハム・ちくわ・カップ麺・コンビニ弁当・めんつゆ。普通の味にガッツリ入ってるんよ》
雄大は、助手席に置いたポテトチップス(のり塩)をそっと隠した。
雄大は営業マン。関東全域を車で回るため、食事はほぼ外食。
- 朝:コンビニおにぎり+カップ味噌汁
- 昼:ラーメン
- 夕方:車内でポテチ
- 夜:取引先近くの定食屋(塩分の塊じゃん)
ユリのメッセージは続く。
《ラーメン1杯で塩分5〜6g。WHOの目安は1日5gだから、1杯でアウト。スープに塩分の半分以上入ってるから、残すだけで全然違うよ》
雄大は思わず叫んだ。
「スープにそんな入ってんの!?」
助手席のカップラーメン(とんこつ)が、急に悪魔のように見えた。
雄大は今、会社のメタボ改善プログラムに参加中。食事・運動・睡眠を見直すコースだ。健診の担当者に、ユリのメッセージを見せた。
「塩分控えた方がいいんですかね?」
担当者は即答した。
「控えた方がいいです。でも、外食多い人は難しいですよ」
「やっぱり」
「特に営業マンは塩分の罠にハマりやすいんです」
雄大は思わず聞き返した。
「罠?」
「はい」
- ラーメン
- うどん
- 牛丼
- コンビニ弁当
- カップ麺
- ファストフード
「全部、塩分が高い」
雄大は心の中で叫んだ。(俺の食生活、全部じゃん!)
ユリのメッセージは、最後にこう締められていた。
《①週1回、血圧測って ②ラーメンのスープ残して ③カリウム摂って(バナナ・アボカド・納豆・ほうれん草)これだけで全然違うよ》
《ちょっと高いだけって放置した人の10年後。現場で一番つらかったから》
雄大は、胸がぎゅっとなった。
(ユリこんな思いで送ってくれたんだな)
そして、助手席のポテチを見つめた。
(とりあえず、これは捨てよう)
しかし、袋を開けた瞬間に香るのり塩の誘惑。
(いや、今日だけ)
ユリのメッセージが脳内で再生される。《塩分はね、知らんうちに溜まるんよ》
(やめとこ)
雄大はポテチをそっとゴミ箱に入れた。その日から雄大は、ゆるく改善を始めた。
- ラーメンのスープは残す
- コンビニ弁当は減塩のものを選ぶ
- 車にバナナを常備
- カップ麺は週1に減らす(ゼロにはできない)
ユリに報告すると、深夜のナースステーションから短い返信が来た。
《えらい。続けられる範囲でいいよ》
雄大は思った。(ユリの言葉って、なんか刺さるんだよな)そして、車の中でつぶやいた。
「まあ、なんとかなるか」
長岡の空は、今日も静かに晴れていた。
塩分の現実

関東某所のパーキングエリア。雄大は営業車の中で、ユリの深夜メッセージを何度も読み返していた。
「塩分の摂りすぎ脳卒中スープに半分」
助手席には、
- ポテトチップス(のり塩)
- カップラーメン(とんこつ)
- コンビニの唐揚げ棒
- 味の濃いおにぎり(明太子)
塩分カルテットが勢揃いしている。(俺、塩分の集合体じゃん)雄大は、ポテチの袋をそっと閉じた。
昼。取引先の近くにある、雄大お気に入りのラーメン屋「龍の爪」。店主が声をかける。
「お、雄大さん!いつもの濃厚とんこつ全部のせだな!」
(全部のせ全部のせ全部)
雄大は震えながら言った。
「す、スープ残します」
店主が固まった。
「え?」
「スープ残します」
「体調悪いのか?」
「いや、妻が」
「奥さんに怒られたのか?」
「怒られてはないけど、脳卒中が」
店主は腕を組んだ。
「じゃあ、スープ少なめにしとくか?」
「いや、普通でいいです。残すんで」
「残す前提か!」
店主は笑いながらラーメンを作り始めた。ラーメンが運ばれてきた。湯気。香り。脂の輝き。
(飲みたい飲みたい飲みたい)
ユリのメッセージが脳内で再生される。《スープに塩分の約半分が入っとぉ》
(半分)
雄大は箸を握りしめた。
「麺だけ麺だけ」
麺をすすると、スープが絡む。
(うまっ)
店主がカウンター越しに見ている。
「雄大さん、スープ飲まんのか?」
「飲みません」
「本当に?」
「本当に」
「一口も?」
「一口も」
「偉いな」
店主は感心していたが、雄大は心の中で泣いていた。
(スープまた会おうな)
午後、雄大は会社の健康管理センターへ。担当者の佐々木さん(40代・健康オタク)が言った。
「雄大さん、塩分控えてるって聞きましたよ」
「はい今日、ラーメンのスープ残しました」
佐々木さんは目を輝かせた。
「素晴らしい!営業マンでスープ残せる人、ほとんどいません!」
「そんなに?」
「ええ。スープは飲むためにあるって言う人ばかりで」
(俺も昨日までそう思ってた)
佐々木さんは続けた。
「塩分を控えるのは、運動より難しいんです。でも、続ければ必ず結果が出ますよ」
雄大は少し誇らしくなった。(俺、今日だけで成長してる?)
その日の夜。雄大は高速道路のサービスエリアに寄った。売店の棚には、
- カップラーメン
- ポテトチップス
- 味の濃いホットスナック
- 塩だれ唐揚げ
- 塩バターパン
(塩の祭典か?)
雄大は震えた。(ユリ俺、戦ってるよ)そのとき、スマホが震えた。ユリからのメッセージかと思いきや、差出人:ルミ。
(ルミ?)
開くと、こう書かれていた。
《雄大さん、ユリから聞いたよ。塩分、気をつけてるんだって?私も看護師だから、ちょっとだけアドバイス送るね》
雄大は固まった。(なんでルミが?)ルミはユリの同期で、病棟の塩分番長と呼ばれるほど健康管理に厳しい。(終わった)雄大は、塩分との戦いが第二ラウンドに突入したことを悟った。
あらたな戦い

サービスエリアの駐車場。雄大は、スマホに届いたルミの名前を見て固まっていた。(なんでルミが?)ルミはユリの同期で、病棟では「塩分番長」「減塩の鬼」「塩分の死神」など、恐ろしい異名を持つ。メッセージを開くと、
《雄大さん、ユリから聞いたよ。塩分、気をつけてるんだって?えらいじゃん。でもね、営業マンは隠れ塩分が多いから注意してね》
(隠れ塩分?)
さらに続く。
《特にポテチ、カップ麺、コンビニの唐揚げ棒。あれ全部、塩分の塊だからね。車の中で食べてるの、知ってるよ》
「なんで知ってんの!?」
雄大は思わず叫んだ。(ユリお前、どこまで話したんだ)ルミの追撃にビビった雄大は、翌日から塩分ゼロ生活を始めた。
- 味噌汁→お湯
- ラーメン→麺だけ
- おにぎり→塩なし梅干し入り
- 唐揚げ→衣を全部剥がす
- ポテチ→見ないふり
しかし。3日目で倒れた。正確には、倒れかけた。昼休み、営業車の中で雄大はつぶやいた。
「味がしない」
水筒の中身は白湯。弁当は塩なしサラダチキン。おやつは素焼きナッツ。(俺、修行僧か?)そのとき、スマホが震えた。差出人:ユリ
《雄大、塩分ゼロはダメよ。必要な塩分まで抜けるから。控えるだけでいいの》
(あ、そうなんだ)
雄大は、塩分ゼロ生活がただの拷問だったことに気づいた。その日の午後。雄大は取引先へ向かう途中、急に腹が減った。(なんか食べたい)
コンビニに寄ると、棚に、
- 塩バターロール
- 塩だれ唐揚げ
- 塩焼きそば
- 塩むすび
- 塩キャラメルアイス
(塩の祭典か?)雄大は震えた。(ダメだユリとルミが見てる)そのとき、背後から声がした。
「雄大さん?」
「ひっ!」
振り返ると、取引先の担当者・佐伯が立っていた。
「どうしたんです?塩むすび見て震えて」
「いやその塩分が」
「塩分?」
雄大は思わず語ってしまった。
「実は妻とその同期に監視されてて」
「監視!?」
「塩分を」
佐伯は爆笑した。
「雄大さん、塩分で監視される人初めて見ましたよ!」
(俺もだよ!)
夜。家に帰ると、ユリが言った。
「雄大、今日の食事どうだった?」
「え、えっと」
「スープ残した?」
「残したよ?」
「ポテチは?」
「見ただけ」
「カップ麺は?」
「触ってない」
ユリは満足げにうなずいた。
「よし。じゃあルミにも報告しとくね」
「え、なんで!?」
「だって、ルミも心配してくれてるし」
(いや、あれは心配じゃなくて監視だろ)そのとき、ユリのスマホが鳴った。
《ルミ:雄大さん、今日の塩分どうだった?》
ユリが返信する。
《ユリ:まあまあ。スープ残したって》
《ルミ:よし。明日は隠れ塩分チェック送るね》
雄大は震えた。(明日も来るのか)その夜、雄大は布団に入りながら思った。(塩分ってこんなに人生を左右するのか)ユリが隣で言った。
「雄大、無理しなくていいからね。できる範囲で続ければいいよ」
雄大は小さくうなずいた。(ユリのためにも俺、頑張るか)
そして、心の中でつぶやいた。
「なんとかなるかな」
長岡の夜は静かに更けていった。
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