38歳味覚ゼロからの復活!亜鉛不足に気づいた主婦が家族総出の健康改革で幸せを取り戻すまで
38歳味覚ゼロからの復活!亜鉛不足に気づいた主婦が家族総出の健康改革

マコは38歳、独身時代の自由さを懐かしみつつも、今は8歳のおかっぱ娘ミコと、ちょっと頼りない夫ユウスケに囲まれた三人暮らし、のはずなのだが、最近どうもおかしい。

カレーの味がしない冬

「なんか、カレーの味しなくない?」
夕食の鍋をかき混ぜながら、マコは眉をひそめた。

ミコは元気いっぱいに返す。
「え、めっちゃおいしいよ!給食のカレーより好き!」
(給食より上か下かで評価するの、やめてほしい)とマコは心の中でつぶやく。

そんな味覚の違和感を抱えたまま迎えた冬。
ミコが学校からインフルエンザをお持ち帰りしてしまった。

最初に倒れたのはミコ。
次にユウスケ。
そして最後に、マコ。

一家全員、38度越えの高熱で布団に沈むという、冬の風物詩みたいな状況になった。

「マコ。氷、ほしい」
ユウスケが布団から手だけ出して訴える。

「ミコは、プリン」
ミコも弱々しく要求してくる。

(なんで病人って、みんな違うもの欲しがるのよ)
マコは咳をしながら、ふらふらと立ち上がった。

近所のコンビニまでの道のりが、今日はやけに遠い。
途中で、向かいの奥さんに声をかけられた。

「あらマコさん、大丈夫?顔がなんか、寒そうな顔してるわよ」
(寒そうな顔って何?)
ツッコミを入れる気力もなく、マコは会釈だけして歩く。

コンビニでは、氷、冷凍うどん、菓子パイ、そしてなぜか期間限定・激辛カレーパンが目に入った。
(激辛なら、味わかるかも)
そんな淡い期待でカゴに入れる。

帰宅すると、ユウスケが布団から顔だけ出して言った。
「秋本クリニック行ってきたけど、やっぱインフルだったわ」
「知ってたよ」
マコは氷を渡しながらため息をつく。

その夜、マコは激辛カレーパンを一口かじった。
無味。
(え、これ本当に激辛?私の舌、どうした?)

その瞬間、マコの頭にある疑惑が浮かぶ。
―もしかして、亜鉛不足?

しかし、そんなことを考える余裕もないほど、家の中は咳と鼻水の交響曲。
マコは布団に倒れ込みながら思った。

白いユニフォームと牡蠣の記憶

インフルエンザで一家全滅したあの数日間。
マコは布団の中でうわごとのように「牡蠣、食べたい」とつぶやいていたらしい。

(食欲ないのに、なんで牡蠣?)
本人はまったく覚えていない。

そんなマコには、結婚前のちょっとした下積み時代がある。

20代の頃、マコはファミリーレストランで調理担当をしていた。
いまではネコ型ロボットが「ご注文のハンバーグですニャ」と運んでくる時代だが、当時はまだまだ人海戦術。
アルバイトもパートも、みんな汗だくで店を回していた。

調理担当といっても、白いユニフォームのままホールに出て配膳したり、レジを打ったり、時には「すみませーん!お冷くださーい!」と呼ばれて走ったり。
(私、料理が好きで入ったんだけどなぁ)
と、マコはよく思っていた。

それでも、料理の世界に近づきたくて、休憩時間には栄養学の本を読みあさった。
「味覚異常」「ミネラル不足」「亜鉛」
そんな単語も、そこで覚えた。

だからこそ、今回のカレーの味がしない事件で、マコの頭の片隅にはうっすらと疑念があった。

(もしかして、亜鉛不足?)

でも、インフルエンザで寝込んでいるときにそんな冷静な判断ができるはずもなく、ただ布団の中で「牡蠣」とつぶやくばかり。

そして、家族の中で一番早く回復したユウスケが、秋本クリニックへインフルエンザの完全治癒確認に行ったときのこと。

「先生、もう会社行って大丈夫ですよね?」
「ええ、熱も下がってますし大丈夫ですよ」

そこでユウスケは、ふと思い出した。

(そういえばマコ、ずっと牡蠣牡蠣言ってたな、なんだったんだろ)

なんとなく気になって、ついでに聞いてみた。

「あの、妻が、なんか、牡蠣がどうとか、うわごとで言ってまして」
「牡蠣?」
「はい。で、味がしないとか言ってて」

秋本先生は、メガネを押し上げながら言った。

「念のため、亜鉛の値も見ておきましょうか」

ユウスケは亜鉛という単語を初めて聞いた。
(え、そんな金属みたいなものが関係あるの?)
と、内心ツッコミながらも血液検査をお願いした。

数日後、血液検査の結果が出た。

「亜鉛がちょっと低いですね」
「えっ、やっぱり?」

ユウスケは驚きつつも、どこか納得した。
(あの牡蠣コールは、身体の叫びだったのか)

マコは家でようやく起き上がれるようになり、「なんか牡蠣食べたい気がする」
と、まだぼんやり言っていた。

ユウスケは思った。
(よし、回復祝いは牡蠣だな。いや、でも瀬戸内海の牡蠣、今年は全滅してたんだった。どうしよう)

こうして、マコの味覚異常の謎は少しずつ明らかになりつつあったのだが、決定的にわかったのはやはり秋本クリニックでお願いした血液検査の結果からだった。

亜鉛とココアとしょげる夫

インフルエンザ騒動が落ち着いた頃、秋本クリニックからマコの血液検査の結果が出た。ならべてみると、

マコの亜鉛値は 58。
ユウスケは 71。

どちらも多いとは言えない数字だった。

「え、これって、低いよね?」
マコが紙を見つめると、ユウスケが横からのぞき込む。

「なんか、俺のほうがちょっと高いな」
「誤差よ誤差」
マコは軽く流したが、内心はちょっと焦っていた。

(このままだと、ほんとに病気がちになっちゃうかも)

それからというもの、マコは亜鉛強化メニューに本気を出し始めた。

煮干し、レバー、チーズ、卵。
昔からある食材なのに、最近は昔より亜鉛が少ないらしいと聞いて、ますます気合が入る。

そして、マコが一番気に入ったのは― ココア。

「これ、亜鉛補給にいいんだって」
「へぇ、甘いのに?」
「甘いからこそ飲みやすいのよ」

マコは堂々と砂糖を入れ、堂々と飲む。
亜鉛のためという大義名分があるので、罪悪感ゼロ。
(なんて素晴らしい飲み物)

しかし、問題はユウスケだった。

ある日の夕食。
テーブルに煮干し入りの味噌汁とレバー炒めが並ぶと、ユウスケは箸を持ったまま固まった。

「なぁ、マコ。俺の稼ぎが悪いから、こういう質素な?」
「違う違う違う!」
マコは慌てて否定した。

「亜鉛よ!あなたの亜鉛が71しかないからよ!ほら、がんばって食べて!」
「そ、そうなのか? 俺のため?」
「そうよ。あなたのため」

ユウスケは急に胸を張り、レバーをひと口。
しかし次の瞬間、
「うっ」
と、微妙な顔をした。

「がんばって食べてね」
マコは優しく言ったが、声の奥に逃がさない圧があった。

朝ごはんも変わった。

チーズ、卵、そしてココア。
菓子パンは完全に姿を消した。

ミコは最初こそ文句を言ったが、
「チーズトーストなら好き!」
と、すぐに順応した。

ユウスケはというと、
「今日もレバーじゃないよな?」
と毎朝そわそわしている。

マコは笑いながら言った。

「大丈夫よ。今日は卵とチーズだけ」
「よかった」

そんなやり取りをしながら、家族の食卓は少しずつ健康寄りに変わっていった。

マコは思う。

(味が戻るまで、がんばらなきゃ)

そして、ココアをひと口。
甘くて温かくて、ちょっとだけ未来が明るく見えた。

老眼鏡とブルーベリーと戻りかけの味覚

インフルエンザからの回復と同時に、マコの亜鉛強化生活は続いていた。
ココア、チーズ、卵、煮干し。
家の食卓は、どこか健康雑誌の特集ページのようになってきた。

そんなある日、ユウスケが100円ショップから帰ってきた。

「マコ、俺、ついに買っちゃった」
「何を?」
「老眼鏡」

マコは思わず吹き出した。

「え、あなたまだそんな年じゃないでしょ」
「いや、最近スマホの文字が、こう、遠くに置くと見えるんだよ」
「それ完全に老眼じゃない」

ユウスケはしょんぼりしながら、100円の老眼鏡をかけてみせた。
妙に似合っているのがまた面白い。

それからというもの、ユウスケは視力回復に良さそうなものに異常な執着を見せ始めた。

ユウスケの思考パターン

アイス → ブルーベリー味
ジャム → ブルーベリージャム
ヨーグルト → ブルーベリーソース

「そんなに食べたら逆に太るよ」
「いや、ブルーベリーは目にいいって」
「その量はただの嗜好品よ」

マコは呆れながらも、買い物かごにブルーベリー味の何かをひとつ入れてあげる。
(うるさいから仕方ない)

一方で、マコは亜鉛についてさらに勉強していた。

亜鉛は、体の中の部品を作り直すときに必要な酵素の材料らしい。
だから不足すると、味覚も視覚も衰えやすいし、爪や皮膚も弱くなる。
(なるほど。だからカレーの味がしなかったのか)

ただし、過剰摂取は逆に体に毒。
(なんでもバランスが大事なのね)

そんなことを考えながら、マコは今日もココアを飲む。
甘くて温かくて、心がほぐれる。

そしてある日の夕食。
マコが味噌汁をひと口すすった瞬間、

「あれ?」
味が、する。
ちゃんと、する。

「マコ、どうした?」
「味が、戻ってきたかも」

ユウスケは老眼鏡を押し上げながら、
「おお、それはブルーベリーのおかげだな」
と、全く関係ないことを言った。

「違うわよ。亜鉛よ亜鉛」
「そうか、俺もがんばってレバー食べるわ」

娘のミコは横で笑っていた。

「パパ、ブルーベリー食べすぎて紫色にならないでね」

家族の笑い声が、味覚の戻ったマコの胸にじんわり染みた。

ピンクのシューズと風の中の幸せ

秋本クリニックの秋本先生は、最近すっかり亜鉛博士のようになっていた。

「マコさん、コーヒーはちょっと控えめにね」
「はい」
「クエン酸やビタミンCと一緒に摂ると吸収が良いみたいですよ」
「はい」

軽いアドバイスをしながら、先生はいつも穏やかに笑う。
マコは低亜鉛血症の治療薬を処方してもらいながら、少しずつ体調が整っていくのを感じていた。

味覚が戻り始めて4か月ほど経ったころ。
ユウスケがある日ぽつりと言った。

「マコ、散歩しない?」
「散歩?」
「うん。運動も大事だって、秋本先生言ってたし」

ちょうどその頃マコの誕生日が近かった。
そして迎えた5月の朝。

「誕生日おめでとう」
ユウスケが差し出した箱には、ピンク色のジョギングシューズ。
柔らかい色で、見ているだけで気持ちが明るくなる。

「かわいい。ありがとう」
「適度な運動も大切だからね、マコ」

その言い方が妙に照れくさくて、マコは笑ってしまった。

最初の散歩は、家の近くの土手だった。
春の名残りの風が心地よくて、二人で土筆を見つけては「まだあるね」「意外と生えてるね」と言い合った。

そのとき、マコは気づいた。

「あれ、その靴」
「ん?」
「あなたも新しいの買ったの?」
「うん。白いやつ。ネットで安かったから」

ユウスケの靴は、白くて甲が高くて、どこか気合いの入った初心者みたいな雰囲気だった。

(なんだ、私と一緒に歩くために買ったんだ)

そう思うと、胸の奥がじんわり温かくなった。

夏になると、散歩はちょっとした小走りに変わった。

「暑いね」
「走ったほうが風が来て涼しいよ」
「いや、それはどうかな」

文句を言いながらも、マコはピンクのシューズでとことこ走る。
ユウスケは白いシューズで横を並走する。

そして秋。
風が涼しくなった頃には、二人の散歩はすっかりジョギングになっていた。

「気持ちいいね」
「うん。なんか、走れるようになったね」
「亜鉛のおかげかな」
「いや、努力のおかげだよ」

マコはふと思った。

(亜鉛不足が、こんな幸せを運んでくれるなんて)

味覚が戻り、体が軽くなり、夫婦の時間が増えた。
あの冬のつらさが、今ではちょっとした思い出になっている。

ピンクのシューズが落ち葉を踏む音が、心地よく響いた。

タラバガニに気づけば見えてきた未来

今年も瀬戸内海の牡蠣は全滅だった。
雨が降らないうちに海水温が上がりすぎて、牡蠣が耐えられなかったらしい。

「今年も牡蠣なしね。その分、亜鉛強化食がんばんなきゃ」
マコはそう言って、いつものように台所に立つ。

秋本クリニックはすでに卒業。
サプリメントにも頼らず、マコは自前の手料理で亜鉛補給という道を選んでいた。

(あの冬から、ずいぶん変わったなぁ)

そんなことを思いながら迎えた12月の年の瀬。
ユウスケが突然、言った。

「松江に行こう。冬休みは混むけど、温泉宿の予約取ったから」

マコは驚いた。
ユウスケがこんなふうに計画してくれるのは珍しい。

温泉宿にチェックインすると、娘のミコと一緒に湯船へ。
湯気の向こうでミコが笑っている。

なんでもない旅行。
でも、お風呂も夕食の準備もいらないというだけで、胸の奥がふっと軽くなる。

(ああ、ありがたいなぁ)

夕食は、なんとタラバガニの鍋すきだった。
テーブルいっぱいに広がる赤い脚。
湯気の向こうに、冬のごちそうが輝いている。

「ごめんなさい」
思わずマコはユウスケに言ってしまった。

「どうして謝るの?」
「こんな贅沢させてもらって。もったいなすぎる」

ユウスケは笑った。

「そういうときはね、素直にありがとうって言うんだよ」

そして、少し照れたように続けた。

「カニみたいな甲殻類にも亜鉛がたくさん含まれてるんだって。だから山陰に来たんだよ」

「えっ、そうだったの?」

「うん。マコが気にしてるからさ」

胸の奥がじんわり温かくなった。
まだまだ亜鉛を気にする毎日だけど、家族が見守ってくれることが、何よりありがたい。

翌朝、宿のロビーでふと気づいた。

ユウスケが新聞を読んでいる。
老眼鏡なしで。

(あれ、いつのまに?)

100円ショップで買った老眼鏡は、もう彼のポケットにも、カバンにもなかった。

マコはそっと笑った。

(亜鉛って、ほんとに家族の未来まで明るくしてくれるんだな)

冬の光が差し込むロビーで、マコはピンクのジョギングシューズのつま先を見つめた。
これからも、家族でゆっくり歩いていける気がした。

― 完 ―

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